「今夜のお鍋はにーくにくにくにーくー、にーくにくにくにーくにく、やわらかぁいぶーたーにくー」
「…なんなの洗脳でもしたいの」
頭上から降り注ぐ言葉に、銀八は閉じていた目を開けた。視線の先では謎の歌をささやいていた高杉が横に座り込んで銀八を見下ろしている。
目覚めたばかりの銀八は煩わしそうにキツく目を瞑って伸びをした。それから脱力して改めて高杉を見る。高杉は先ほどと変わらずに銀八を見下ろしていたが、銀八が目覚めたことを確認したのか問われたことの答えを口にした。
「今日の夕飯は鍋だってさっき言ってたろ。だがしかし俺は肉が食いてぇ」
「野菜食え」
「肉が食いてぇ。だがしかしおまえに高い牛肉なんざ期待しねぇ。だからせめておまえが豚肉を買うように呪いでもかけようかと」
「呪ってたのか。野菜食え」
「俺は肉が食いてぇ。妥協して豚肉でいい」
高杉から目を離して銀八は時計を探す。壁の定位置にいるそれは午後4時過ぎだと教えてくれた。記憶にある時間が午後2時頃だったから、2時間ほどコタツで昼寝をしていたらしい。
「買い物、行くんだろ。豚肉買ってこいよ」
「は? なに言っちゃってんの。なに自分はお留守番決め込もうとしちゃってんの。おまえも行くに決まってんじゃんバカですか」
「バカはてめぇだ。なんで俺がこんな寒い中、暗いのに出掛けなきゃなんねーんだバカですか」
じゃあ豚肉なんか買ってこない、白菜と榎木とマロニーと、あとなんか野菜しか買ってこないと寝ころんだまま言い放てば高杉は不満げに銀八を睨みつけてくる。しかし銀八には怖くなんてない。彼が本気で怒ったらもっと殺意が満ち満ちているのが分かるものだ。不満、程度の感情など、可愛らしいと思うだけだ。
結局二人して近所のスーパーに出掛けることにした。スクーターに二人乗りなので、防寒対策をしっかりとする。準備中に高杉から文句の声がとんだ。
「夏も思ったが、やっぱスクーターしかねぇとかねーわ。車買えよ」
「どこに置くんだよ。車庫代も保険料もバカになんないんですけど。足が他にあるおまえは知らないかもしんないですがね」
いつかおまえが買って俺を連れてってよと言ってみれば、高杉は不満げにしながらも満更でもなさそうだった。
寒い思いをして、それでもなんとか近所のスーパーにたどり着く。冷えたスーパーのなかも、外よりはマシで少し息を吐いた。カゴをぶら下げて野菜を見る。
「銀八ィ、ミカン買えミカン。箱で」
「今年ミカン高いよなぁ。しかもなんかサイズでかくね? 俺的にはM位がいい」
「聞いてねぇよ。ミカン」
「いちごも高いし、なんか果物類全般高い気がするわー。世も末だわー」
のらりくらりとはぐらかしていると、いきなりカゴの重さが増えて銀八はカゴを見た。いなかったミカンが増えている。さすがに箱を突っ込んだりはされなかったが、袋に詰められたミカンがドンと存在感を発揮していた。隣に高杉の姿はない。銀八が少し視線をさまよわせれば、高杉はもう少し離れた納豆売り場を覗いていた。
ミカンをまた売り場に戻してくることは容易かったが、銀八はあえてそうはしなかった。その重みを保ったまま、ふらふらと足の向くまま歩いていく高杉の後を追う。
肉売場でもまたかごが重くなった。見れば牛肉が入っている。それはもとの売り場に戻して豚肉のコーナーに向かった。
「なんで戻すんだよ。買え」
「買わねーよ。今日はすき焼きじゃねーし」
「じゃあメニュー変えれば」
「変えませんー」
豚肉を吟味する。安い豚肉に高杉は不満げだが、お財布の方が大事なので銀八は気にしない。別にこの豚肉だと高杉が死んでしまう、なんてことはないのだから、気にする必要などない。
「じゃあデザートにアイス」
「ミカン食えよ」
切り捨ててもう高杉の方は見ない。
だから高杉がどんな表情をしているかも知った事ではない。
ちゃんこ鍋、カレー鍋、トマト鍋、鍋の素を見ながらどれにしようか悩む。たまにはこういうのも悪くないかもしれない。銀八はそう考えたけれど、高杉はお気に召さなかったようで、普通の鍋が良いと言い出して結局それらに手を伸ばすことはなかった。
「家にゆずポンあったっけか」
「普通のポン酢しかねーような気がする」
「しけてんな」
言いながら高杉はまた勝手にかごの中に商品を足していく。値段など見ている様子もない。欲しいのなら自分で買えと言いたい気持ちはあるけれど、銀八もあれば使ったり食べたりするものを高杉に買わせるのも気持ちが落ち着かない。
一緒に買物になど来なければ、一人で必要なものと糖分だけを買ってしまえば、こんな葛藤に陥ることもないのだけれど、それでも銀八は高杉を連れ出してしまうのだ。理由なんて、誰に言う気もない。
「銀八ィ」
また何かを見つけたらしい高杉が銀八を呼ぶ。ハイハイとそれに返事を返しながら、銀八は高杉へと足を向けた。今度はなんだ。そう思いながら商品に手を伸ばす高杉を見る。少し楽しそうに笑う高杉に思わず笑みをこぼしながら、商品購入の提案を銀八は即座に却下した。



(でもなんだかんだ言ったって、自分一人のためになら絶対に買わないもので感じる重みが、実は心地良かったりもする)