きっと今胸のうちにあるのは蛹なのだ。
恋慕も嫉妬も憎悪も全て、混ざり合って新たなものに作り変わる。
「おまえのこと好きなのか、よくわかんなくなってきた」
なにがきっかけだったのか、もう思い出せもしない。それでもある日腫瘍のように頭に生まれた思いは日増しに高杉のなかで大きくなり、ついにそれが思考の大半を占めるに至った。
自分は、本当にこの男のことが好きなのか。
いや、好きだろう。好きだ。うん、好きだ。最初はすぐにそう思っていた。だが、では何故好きなのか、どこが好きなのか、それを考えて始めたら、どんどん迷い込んでいった。
きっと、好きだ。多分、好き、いや、…ん?
勝手に始めた自問自答に疲れ果て、銀八を眺めているうちにいつもは頭のなかだけで済ませていたものが口からこぼれ落ちた。
しかし急に言われた銀八はなにがなんだか分からない。高杉の自問自答など知る由もないからだ。
「…はぁ」
曖昧な反応のあと、だから? と問いかけられて、高杉は何故か苛立ちを覚えて眉を寄せた。
「なんだよその反応は」
「おまえこそなによ。やっぱ好きじゃないわ、普通の男の子に戻ります、ってか。それならそれでいいけど」
「いいのかよ」
ふざけるな、もっと慌てふためけ足掻いてすがれ。
理不尽な怒りがこみ上げてきて高杉はますます表情を凶悪なものにしたが、それよりも引っかかるフレーズがあってその苛立ちを飲み込んで代わりの言葉を吐き出した。
「なんだよ普通の男の子って。普通じゃねぇって言いてぇのか」
昔のアイドルグループの引退会見に引っかけていることは分かっている。けれど、アイドルという一種のアブノーマルな状態からの引退表明と、やはり銀八のことが好きではなかったという状態に至ることは、普通になるという言葉で括れるものなのか。
「そりゃおまえ、世界のマジョリティ的には普通じゃありませんよ。いいんじゃねぇ? 早めに道を正せるならそれで」
「一般大衆が必ずしも正しいとは限らねー。もしそうなら民主主義の世の中で戦争なんざ起こらねぇだろ」
「やだ高杉カッケーこと言うのね。いただきたいけど、俺国語だから使うことねーわ」
のらりくらりと、どこまで真剣なのか分からない態度で銀八は高杉と言葉を交わす。その様子に、高杉はどうにも苛立ちを隠せないが、どうしてこんなにも苛々と自分を駆り立てるのか、それはよく分からない。
嫌だって言って欲しいのか。自分は高杉のことが好きだ、だから離れていかないでなどと言って欲しいのか。
他の者なら別にあっさり離れてくれて構わない。むしろ自分から離れようとしているのにみっともなく縋りつかれては鬱陶しいと思う。けれど、銀八に淡白な態度をとられては何故だか無性に腹立たしいのだ。
「そんなに凶悪な顔される理由が分かんないんですけど」
いつの間にか表情が険しくなっていたようだ。高杉はその表情のまま一度顔を逸らし、自身の頬をつねって引っ張った。少しマッサージをして頬を緩めたあと、また銀八と向き直ったが、変わらないと言われてもう表情を戻すことは諦めることにした。
「おまえのこと考えてると、なんかムカつく。イライラしてくんだよ」
「そんなこと俺に言われても」
じゃあ考えるのやめたら。あっさりと言われて高杉は更に苛立ちが募る感覚を覚えた。
やめられるならとうの昔にやめている。他のことを考えたり、自分のなかを空っぽにしてみたり、とにかく銀八のことを頭から追い出す。
それでも泡のように浮かび上がってくるからそれがまた腹立たしいのだ。
「うおっ、あっ、コラ。やめろって。痛い痛い」
苛立ちのまま、側にあった新聞でふわふわと憎らしい銀髪を殴ってやった。それでも気持ちのこもっていない攻撃はさして痛みもないのだろう。銀八に本気で防御する様子はなかった。高杉の方も、どうこうしてやりたかったわけではないので気が済み次第振り上げていた新聞を下ろした。ついでに傾いでいた銀八にまたがってその姿を見下ろした。
「なに」
「別に」
言いながらキスをしてみる。拒まれたりはしなかった。
今のこの関係は恋人みたいなものなのだと前に銀八が言っていた。でも、恋人ではないのでキスどまりのままそれ以上はダメなのだとも。恋人じゃない奴にキスをさせるのかと尋ねたことがある。銀八はのらりくらりとはぐらかして答えなかった。
キスがしたい、側にいたい。どこにも行かないで誰も見ないで自分だけを見ていて欲しい。何処が好きかもわからないのに、そんなことは確かに考えてしまう自分がいることを高杉は自覚していた。
「気ィ済んだか?」
離れた唇から零れた吐息が交わる距離で、銀八が薄く笑う。全然気が済まない。答える代わりに高杉は再び銀八の唇を塞いでいた。
この胸のなかの思いがいつか蝶になったら、もう帰れない。
それでもいいよ。それが、いい、よ。