正解のない問いを彼は繰り返している。きっと答えはもう彼の中にあって、ただそれを肯定してくれる、まだ幼さを残すその未成熟な背中を押してくれる一押しを彼は求めているだけなのだということくらい、こちらもわかっている。けれどそれをわかっていながら、此処でおまえが自分からその足を踏み出してくるのを待っている俺は、正真正銘どっから見てもずるい大人だ。



「好きだ」
高杉の左目が眼帯の下に隠れていてよかったと、不謹慎ながら銀八はたまにそんなことを考える。真っ直ぐな言葉と共に贈られるその視線の実直さはいっそ潔癖と言ってもいいだろう。晒されているのが右目だけだからまだ受け止めきれるけれど、その翠がかった両の目をで、どこか投げやりなくせに飾り気のない純真な言葉を向けられたらきっと銀八は目をそらしてしまう。
「うん」
そんなことを考えながら、銀八は高杉を見つめ返しながら簡潔にそう応じた。高杉の唇が再び開く。
「好き」
「ああ」
「好きなんだ」
「はい」
「好き」
「うん」
「本当に」
「わかってる」
「本気なんだよ」
「わかってるよ」
淡々とした言葉の中に必死さが混じっている。どうでもいい風を装いきれていないのは、この子がまだ幼さを残す子供だからだろうか。きっと目の前の子どもは胸に渦巻いているものを懸命に吐き出しているに違いないのだけれど、銀八はどこか他人ごとのように高杉を、そして自分を見ていた。
だって泥沼じゃないか。若気の至りのような感情に引きずられて巻き込まれて二人して本気になったりなんかしたら、一体どうなってしまうんだ。
それにもう、こんなやり取りは幾度となく繰り返された。そろそろ言葉が擦り切れてしまうのではないだろうかっていうほどに。だからもう次に高杉が何を言うかだって、銀八にはわかっている。分かっている。高杉の唇が音を紡ぐ。
「『俺はどうしたらいい?』」
そこでいつも台本は途切れた。銀八は口を閉ざしてただ高杉を見つめ、高杉も銀八を見つめ続けるばかりでもうそれ以上何も言わない。
高杉が望んでいる言葉は分かっている。けれどそれを口にするのはとても難しくて、喉元まで出かかってもそこで絡まって音になんてならない。薄く開いた唇からは、無意味に空気が漏れるだけだった。
「…好きなんだよ…」
ほんの少し、顔を歪めた高杉の言葉は震えていた。抱きしめて、俺も好きだよおまえを愛していると言ってやればきっともう後戻りはできなくなる。高杉はきっとそれでいいと、それがいいと思っているのだろう。高杉の前に広がっている未来の数ある選択肢のほとんどなんてなんの躊躇いもなく放り捨てて、銀八と今を生きることを選ぶのだろう。
高杉の向う見ずなそんなところが、銀八には怖くて仕方がなかった。
まだこれからどんな道だって選べるのに、自分なんかよりもずっと可能性を秘めているのに、それを手放して世間に背を向けて、どうしてあえて茨の道へと突き進むのか。
高杉はまだ戻れる。そっちに進んではいけないよと指導という名の無責任な言葉をくれてやれば、まだ引き返せるかもしれない。銀八だって分かっている。なのにそうしないのは、銀八のエゴ以外のなにものでもなかった。
泣きそうな顔に指先を伸ばす。叩き落とされずに受け入れられて、銀八はそっと高杉の頬を撫でた。高杉はただ黙って銀八を見つめている。その目は何かを訴えていた。
分かっている。分かっていながら、銀八は何も答えず静かに笑った。



お前が思うほど、俺は大人じゃないんだよ。仮に俺が大人だとして、大人だって人間なんだよ。怖いんだよ。すごく怖いんだ。俺がおまえの未来を全部潰してしまうことが本当に、本当に怖いんだ。



(なのにおまえを手放したくないなんて、俺って本当にしょうもねーな)