「てめぇは」 なぁ神様神様。 「俺を通して」 ちょいとお伺いしたいんですけど。 「誰を見てんだ?」 これは俺への罰ですか? 腐れ縁の糸も輪廻を巡りなおも続けばもう少し別の名前をつけてやるべきかもしれない。 そんなことを思いながら銀八は青空に向かって紫煙を吐き出した。 「何溜め息なんかついてんだ?」 斜め下からした声に応じて、銀八はちらりとそちらに目を向けた。 艶やかな黒髪が惜しみない太陽の光に当たり、天使の輪が出来ている。 地べたに座り込みじっと自分を見上げる右目は真っ直ぐでまだ僅かでも子供っぽいあどけなさを残した丸みを帯びている。 もう片方、眼帯の下に隠れた左目の方を銀八は見たことがなかった。 そんなことがちくりと銀八の胸を刺す。抜けない棘のように止まない痛みをもたらし続けている。 銀八が3年Z組の担任になって驚いたのは生徒の特異さなどではなく、知った顔が幾つもあったことだった。 今生で出会ったわけではない。かつて一緒に万事屋を営んだ仲間、腐れ縁のようなチンピラ警察達、幼なじみ兼戦友。 彼等の前世を銀八は知っていた。銀八は覚えていた。 誰もが記憶を手放し、忘れ、真っ白になって生まれ変わりまたやり直すというのに、銀八は何一つ手放さないまま現世に生まれてきた。 だからもちろん彼のことも覚えている。高杉のこともしっかりと覚えている。 生憎、彼は全く覚えていないようだけれど。それが普通なのだから何故覚えていないのかと彼を問い詰めることは出来ないことくらい銀八も承知していた。 自分の言葉を待つ子供をしばらく見下ろしていたが、目を逸らしながら言ってやった。 「大人になるとなぁ、いろいろ大変なんだよ。せちがらい世の中で生きてるんだよ。ガキにゃわかんねーだろうけどな」 気怠るそうに溜め息混じりで呟けば、十代の子供は小馬鹿にしたように鼻で笑った。 「大人ぶってんじゃねぇよ。駄目な大人の典型が」 「駄目な大人も大人ですー。今おまえ自分で大人って単語使ってるしィ」 「駄目を否定しろよ」 銀八は高杉の言葉を聞き流しながら悪戯に笑みを浮かべる唇にまた視線を向け、ほんの少し視線をずらして彼を形作る輪郭を辿る。 3年Z組、高杉晋助。素行はいいとは言えないが悪いとも言い難い。 極悪指名手配犯だった前世を思えば、今の彼が仕出かすことなど全て悪戯で片付けられる可愛いものだろう。 空には雲一つなく、こんなにも明るく空気が澄み切っているのに、暗く硝煙が立ち込めている気がする。血生臭くて息苦しい。 自分に微笑む血塗られた陰に目を伏せる。 「なぁ」 不意にかけられた声に目を開けた。 力が抜けて、いつの間にか眉間にシワを寄せていたことを自覚する。 シワの跡が残る眉間を撫でながら高杉に目を向ければ、高杉の方は立てていた足を投げだしフェンスにもたれて携帯をいじっている。 「んだよ」 「次のテストって範囲何処、何出すんだよ」 「………」 思いがけない言葉に、一瞬返す言葉を失い銀八は口を閉ざした。 「?…銀八?」 いつまでも銀八が返事をしないことに高杉が訝しげな目を向けてくる。 その目で我に返り、銀八は反射的に目を逸らすと視線をさ迷わせ、適当な母音を紡いで言葉を探した。 別に高杉は何も変なことを言っていない。教師に次のテストの範囲を聞く。何を勉強すればいいのか尋ねる。学生としておかしくない。 おかしいのは銀八の方だ。何を動揺しているのだろう。他の生徒に同じことを聞かれたら、きっとすぐに答えを返せるだろうに。 「まだ、考えてねぇ」 「は?カケラも?」 「カケラも」 「有り得ねぇ…。テストまでもう2週間切ってんだぜ」 信じられないと心底軽蔑したような目をし、その思いを言葉にして呟きながら高杉は何やらメールを打っている。 どうやら他の奴らにテスト範囲の情報を流しているようだ。銀八は全くもって使えないという主旨のメールを送っているのだろう。 だがこれで高杉の用は済んだろう。きっとこの場から離れてくれるに違いない。いや、離れてほしい。それが銀八の願いだ。 銀八は高杉が苦手だった。どう扱っていいのかわからない。彼を目の前にすると落ち着かなくて、平静を繕うのに精一杯になる。だから極力関わりを持ちたくない。 今の高杉が悪いわけじゃない。だがどうしても前世の陰がちらついて堪らなくなる。今の高杉が悪いわけじゃない。そんなこと分かっている。 「なぁ銀八ィ」 「んだよ、まだなんかあんのか」 誰の前とも同じように、面倒臭そうに返事を返せば今度こそ思いもかけない言葉が投げ掛けられた。 「てめぇ俺のこと嫌いだろ」 ごくあっさりと告げられた言葉に、否定も肯定もすることなく銀八は高杉に目を向けた。 高杉はじっと銀八を透かし見るように見上げている。 「んなことねーけど」 「嘘つけよ。絶対ェ好きじゃねぇ」 「嘘じゃねぇし。そりゃ好きじゃねぇけどよ」 何か好かれるようなしたかと茶化しながら問い掛ければ真剣な高杉の眼差しにまた遠い前世を思い出す。 向けられた血濡れの切っ先の向こう、誰もがうちに秘める狂気を隠そうともせず滲ませる隻眼が見えた。 「分かるんだよ。てめぇは、俺を通じて」 ゆっくりと高杉の唇が音を紡ぐ。 曝されている右目に感情が滲み出ていて、銀八は読み取ろうと思ったけれど複雑な色に当て嵌まる言葉を見つけられずそれは叶わなかった。 少し細められた目に胸が軋む。 「誰を見てんだ?」 あぁ神様、どうして俺にだけ過去を背負わせたの。 (俺はもうこいつを傷つけたくはなんかないというのに) 転生。 昔を覚えている銀八と覚えてない高杉。 |