かけられた声に目を閉じたまま生返事を繰り返していると、布団から蹴りだされて高杉は目を覚ました。それでも寝返りの際に掛け布団と共に転がったのは最後の意地か。
「布団干すから、邪魔」
そう言い放たれて、それでも掛け布団に包まったままでいればそれすら力付くで引きはがされた。
「………」
身一つで寝転がりながら高杉は恨めしそうに銀八を睨みつけたが、そんなのまるで何も感じないと銀八はテキパキと布団を広げた。
編み戸を閉めて、初めて銀八は高杉を見下ろした。
「いつまでそうやってんの」
「…起こされるまで」
「じゃあずっとそうしてろや」
「………」
どうでもよさそうに言い放たれ、高杉は不満そうに唇を尖らせるとそのまま屍のように床に転がり続けていた。じゃあそうしててやるよと音にせず胸のなかで呟く。
そこまで掃除が行き届いているわけではないフローリングの床は少し埃っぽいのだが、気にせず起き上がろうとしない。服越しに冷たさが染み込んできた。
時折ごろごろと寝返りをうちながら、二足歩行はおろか四足歩行すらしない高杉を銀八は動物でも見るかのように観察していた。
影にいる高杉と違い、銀八は惜しみなく降り注いでいる太陽光をその背に一身に受けているので温かいが、温もりどころか冷ややかな床に接している高杉はきっと肌寒いに違いない。
「おまえさぁ、こっち来たら」
「…ん」
ちょうど俯せから仰向けになった高杉が、腕をあげた。ぷらぷらと揺らされるそれに銀八は首を傾げる。銀八の視線の先、その腕は血の気を失い白くなっていく。
「何」
「引っ張ってけ」
この腕を引き、その日だまりまで連れていけと高杉は横柄に言い放ったが、銀八の反応はあっさりしたものだった。
「やだ」
ならそこにいろよと先程言われたものとよく似たことをまた言われ、高杉は腕を下ろした。
そのまま会話も途切れ、時間ばかりが流れていく。テレビすらついていない部屋は遠く子供の声が響いてくるだけだ。
ぐぅと腹の音がする。銀八の目がそちらを向いた。
「腹減った?」
「…減った」
またふぅんの一言で済まされるかと思いきや、銀八は重い腰をあげて台所に消えていった。それを目で追って、高杉は身体を起こした。
頭から血が引いてクラクラする。視界が定まるのを待って今日初めて自分の足で立つ。台所に立って支度をする銀八の背中を戸口からそっと覗いていると、それに気がついた銀八が振り返り目が合った。
「何、手伝い?」
「しねぇ」
「ですよねー」
「………」
最初から手伝うわけがないと決め付けられているのに高杉はム、と唇を尖らせたが銀八はそれを見てはおらず、何やらトントンと野菜を切っていた。
高杉は黙って銀八に近寄る。手伝うわけではないので横ではなく後ろから銀八の手元を覗き込んだ。
それからふと、銀八のうなじを見遣った。別に銀八の首筋が見たかったわけではない。ただちょっと視線をあげたらそこにうなじが合ったという話だ。
「………」
なにやらふわふわとした感じがする。焚火ほど激しくもないが電球ほど弱くもない温もりが銀八の背中から滲み出ているような気がして、高杉は銀八の肩に顎をのせ寄り掛かってみた。いつもとは違う感覚に包まれる。
なんだか柔らかな心地がして気持ちよく高杉は目を閉じた。
「何」
「しらね」
「意味わかんねーよ」
とりあえず邪魔と銀八は足を動かし、コンロの前に移動する。高杉も銀八にへばりついたまま、だらだらと移動した。
「たーかーすぎー」
「…センセーに邪魔物扱いされたら俺もう生きていけねー」
「おぉそうか、じゃあもうくたばるしかねぇなー。そうなったら仏壇の前で泣いて泣いて悔やんでやるよ」
「そしたらセンセー俺なんかのために泣かないでって言ってやんよ」
「そりゃありがてぇな。そうしてくれっとおまえのためにも何事もなかったように生きてけるわ」
「…一生泣き喚いてろ」
銀八の言葉に顔をしかめてぼそりと呟き、高杉はそれでも背中に張り付いていた。



昼食を食べ終え、日も暮れかけた頃、銀八は干していた布団を部屋に入れた。ついでにお日様をたっぷりと浴びてふっくらとしている布団に倒れかかる。
「邪魔」
が、朝のお返しと言わんばかりに高杉はその身体を蹴り飛ばし、自分がごろりと横になった。
「…何しちゃってんのおまえ」
布団に頬を押し付けて気持ちよさそうに目を閉じていた高杉は銀八の言葉など気にもとめず、蓄積された太陽の恩恵を感じていたが、ふとぱっちりと目を開けた。そして呟く。
「…銀八の匂いがする」
「そりゃ俺の布団ですから」
「違う。てめぇの親父臭じゃなくて違う匂い、けど今日おまえからしてた…あ」
ふと気づく、布団と銀八の共通点。
「お日様の、匂い」
「お日様?」
ふわふわとした優しい温度、眠気を誘うその香りは昼間、存分に日の光を浴びた銀八の背中から感じたものと一緒だ。
「てめぇが縁側のじじいみたくひなたぼっこなんかしてたから」
「別にんなつもりでいたわけじゃねぇんだけど」
そんな銀八の呟きを聞きながらもうとうとしだした高杉は背中に圧迫感を覚えて目を開けた。
銀八が自分を全身で押し潰している。
「…どけ、重い」
「やだね。俺の布団だし」
「息出来なくて死ぬ」
「マジで?ごめんなぁ、メタボで」
その一言に高杉は眉を寄せた。最近お腹周りが弛んでるんじゃないかと高杉が銀八に言ったことをどうやら銀八は根に持っているらしいことを悟る。
いつまでも銀八がどこうとしないため、自力での脱出をはかろうと身体を起こそうとした高杉の耳元で銀八で呟いた。
「おまえはしねぇな、お日様の匂い」
「………てめぇと違って縁側のじじいやってねーからな」
「そうだな、高杉はジメジメ日陰のが好きだもんなー」
「………」
こいつ喧嘩売ってんのか。高杉はそっと拳を作る。
「今度の休みは一緒にひなたぼっこすっか」
「…なんで」
「たまにゃ同じ匂いになんのもいいじゃん」
「………」
高杉が言葉を返す前に銀八はごろりと高杉から下り、布団に寝転んだ。
ふかふかになった布団の感触を確かめるように銀八の手が布団をさまよう。
それを高杉は見つめていた。
匂いなんて、数時間も銀八の部屋にいれば服に染み付くし、泊まって同じシャンプーやボディソープを使えば一緒になる。今更同じも何もないじゃないかと高杉は思ったが。
「………」
ぷいと顔を背け唇を噛み締めた。



たまになんて、言わないで。
ずっと一緒の匂いになろうって言えなんて、恥ずかし過ぎてとても言えない。