今朝は確かに寒い。だからその気持ちはわからなくもないとは確かに銀八も思うことは思う のだが。 子供がむずがるような声を上げて、布団のなかでもぞもぞと動き出す。伸びをし てみたり目を擦ってみたり、その間ずっと意味のなさない唸り声をあげている。 ぴたと声がやんで、動きも止まって、やっと起きるのかなと思った矢先布団から 伸びていた手はまた中に戻った。 それをずっと見つめていた銀八は呆れたような声をあげた。 「おまえね、起きる気あんの」 「………ある」 布団越しに聞こえてきたくぐもった声の主は、そう言いながらもほんの少し黒髪 を覗かせたままでその姿を現さない。銀八は仕方なさそうにため息をつき、窓の 外を眺めた。 夏よりも丸みを帯びた冬の光がキラキラと深緑の葉を輝かせている。今日は空の 色が少し濃くて、いつもより暖かそうだ。 「高杉ィ、今日は暖かいぞー。お日様が気持ちいいぞー」 「…布団のが暖かい…」 「おまえね、俺はおまえが包まってるその暖かい布団を干したいんだよ。わかる か?今日逃したらいつ干せるかわかんねーだろうが」 「………」 銀八は反応を返すことをやめた布団をじっと見つめて、本日二度目のため息をつ きぶらりと布団に近づいた。 側で見下ろせば銀八の先の行動を予想してか、黒い頭はもぞりとさらに潜る。銀 八は高杉が予想した通り、膨らんだ箇所を踏まないようにしてそれに跨がると、 掛け布団を鷲掴んで引っぺがした。 その下のもう一枚ある毛布の下にある身体が、芋虫のように丸くなるのを銀八は 見た。布団は蓑といったところか。そういえば昨今蓑虫なんざ見ないなと銀八は 他のことを考えながらも高杉を急かした。 「はい起きる起きる」 「………」 しばらく黙り込み、身動きしない高杉に銀八が本日三度目のため息をしようとし た瞬間、視界いっぱいに毛布が広がった。 「ふぉ…?!」 「っん〜…。…起きるか」 「………」 布団を被って固まっている銀八を尻目に高杉は腰を上げ、今度はストーブの前で 背を丸くしている。 ずるりと布団を取り除いて、銀八はそんな背中を見つめる。寝散らかされた布団 を干すのはどうやら自分の役目のようだ。 別にいいけどね、と文句も言わず布団を干してリビングに戻れば高杉はコタツに 入り断りもなく蜜柑を食べながらテレビを見ていた。 恐らくあと数時間もすれば寝そべって肩までコタツに潜り込むのだろう。 (布団虫からコタツムリ…) そんなことを考えながら銀八も蜜柑を手にとる。 日曜の朝、というにはもう遅すぎてそろそろ午前が終わろうとしている。 「高杉、おまえ飯は」 「食う」 「何を」 「なんか」 言いながら次々と蜜柑を皮だけにしていく高杉のペースに銀八は「食べすぎ」と 言ったものの、箱で買った蜜柑は早く食べないとダメになってしまうので有り難 くもある。 それでも見る見るうちに崩れていく蜜柑の山に銀八は高杉に言った。 「蜜柑ってカロリー高いんだって」 「へぇ、どんくらい」 言いながら高杉はざっと筋を取った蜜柑を無造作に口に入れる。 「ご飯一杯分くらい」 「ご飯一杯がどんくらいかわかんねぇよ」 お米一年分とかさ、どんくらいだよと真剣な顔をして高杉が言うものだから話が 蜜柑からそれていく。 そんなことをしているうちに時間は経って、高杉は学生らしく勉強を始め、銀八 はふんだんに太陽の光を浴びた布団を取り込んだ。これで今晩も気持ち良く寝ら れるだろう。 「ん?」 ちょっと目を離した隙に勉強していたハズの高杉の姿が見えない。 「………」 どこに行ってしまったのかなど考えるまでもなかった。 ひょいと高杉が座っていたところを覗き込めば、銀八の予想通り高杉はそこで寝 転がっていた。ぼーっとした目で携帯をいじっている。 「おまえホント集中力ないね」 「うっせーよ」 言いながら高杉は携帯を閉じた。そしてそのまま動こうとしない。 何時だったか、ふざけて言ったコタツムリ。高杉は見事にそれを体言している。 銀八の予想通りだ。 何をしでかすか全く見当もつかなかった彼の行動が先読み出来るようになってき た。 多分次はそろそろ夕飯をねだるのだろう。朝も遅く、あれだけ蜜柑を食べたにも 関わらずだ。 「銀八、飯ぃ」 ほら来た。銀八は適当な返事をして腰をあげた。 今日は寒いから鍋にでもしようか。高杉は鍋があまり好きではないから文句を言 うかもしれない、いや、きっと言うに違いないが今日は鍋だ。もう決めた。 「今日は鍋な〜」 「はァ?」 「そんなこと言ってもダメー」 「………」 コタツにいる高杉を思い描く。仰向けだったのが台所に背を向けて不満の意を示 しているだろう。 試しに材料両手に覗き込めば銀八が頭に描いた通りの光景が広がっていて、思わ ず笑ってしまった。 「…なんだよ」 「別に?」 少しばかりの膨れっ面もかわいらしいものだ。生意気で腹立たしいだけだった態 度も、こちらの心持ち次第で違って見えるのだから不思議だ。 いつの間にか、あんなにも訳のわからなかった存在がこんなにも側にいて、その 行動がわかるようになった。 そんなことがなんとなく、嬉しい。 (青くさい春真っ最中のガキじゃあるまいし) そう思いながらも湧き上がる思いはとめどない。 「さて、用意すっかね」 そう呟いて銀八は材料を洗いはじめた。 |