少し肌寒い朝だった。
布団の中何も身に纏わずに丸くなっていた高杉はふと目を覚まして、無意識にもう一つの温もりを探したとき銀八が既に布団から出ていることに気付いた。
寝そべったまま、薄暗い室内に視線を巡らせて銀色を探す。
「あれ、起きたの」
室内からではなく、台所との境目から銀八の声がした。
そちらに目を向ければ、銀八は申し訳程度にトランクスだけはいて立っていた。おそらく換気扇の下で煙草を吸っていたのだろう。高杉の前で、銀八はもう半ば意地のように煙草を吸わない。寝起きの髪は普段以上にぼさぼさだ。
「ん」
「おはよう」
銀八はガリガリと頭を掻きながら布団には戻らず机の横に高杉に背を向ける形で座った。
高杉はなにとなしにその背中を見つめていた。
無駄な肉のついていない、猫背気味なその背中の真っ直ぐな背骨に視線を注ぐ。
「………」
高杉は体を起こすと銀八の丸まった背に手を伸ばした。
背骨に沿って指先で線を引く。そうして銀八の様子をうかがったが、銀八は平然として不思議そうな目を高杉に向けている。
「…なに?」
「くすぐったくねぇ?思わず背筋伸びるような感じ」
「別に」
銀八の言葉に高杉は顔をしかめた。
「つまんねーな。もっと過剰に反応返せよ」
背筋にそって線を引く。感じるヒトは面白いくらい反応を返してくれる。
『土方さんが面白いぜィ』
沖田の言葉に、そっと後ろから背筋をなぞってやればその背筋がピンっと伸びて驚いたようなくすぐったかったような複雑な表情をした土方が振り返って、それを見て『ね、言った通りだろィ』と言った沖田と二人で大笑いした。
土方の反応が面白かったので、他にもいろいろなヒトに試してみた。
桂とまた子は土方と似た反応を返してくれたが、万斎は無反応でつまらなかった。
銀八はどうだろうと試してみたのだが、後者のようでつまらない反応に高杉は不満げな顔をした。
そんな高杉にも構わず、銀八は肩に薄い布団一枚ひっかけているだけの高杉を見て「そんなことより」と話題を変えた。
「服着たら?裸体健康法のつもりかなんかしんねーけど、風邪引くぞ風邪」
「うっせーよ。てめぇもパンツ一丁のくせに」
「俺ァいいんだよ。ってかオメーはパンツもはいてねーじゃねーか」
「欲情するか?」
「アホ」
いいから早く服を着ろと顔を背けた銀八の背中を、高杉はつまんねェなと呟いてからぼんやりと見つめた。
もう一度手を伸ばして、自分より少し広い背中に手を這わせた。
今度は何と銀八が振り向くより早く、高杉はその背にそっと口付けた。
ちぅと音を立ててから唇を離して、自分が口付けたところをじっと見つめる。
「…高杉くんー?」
「銀八の浮気防止ー」
高杉はまた同じ場所に口付ける。そうして首をかしげた。
「…んー?…なっかなか跡つかねーなァ」
少し苛立たしげに眉を寄せながら、高杉は何度も繰り返す。
高杉がやりたいようにやらせていた銀八は、いつまでも終らないその行為に焦れて振り返ると、何かと銀八を見上げた高杉の唇に軽く口付けた。
「跡ってのァこうやってつけんだよ」
そう言って銀八は高杉の首元に顔を埋めた。
「…つっ」
思いきり吸い付かれて高杉が小さく声を上げた。
銀八は唇を離すと、鎖骨の上あたりに残った紅い跡を見た。
「よし」
「よしじゃねーよ、なにしてんだてめぇ」
跡を確認しようと高杉は自分の左首に視線を向けようとしたが、位置的に自分では見えなかった。本当に跡をつけたのかと視線で銀八に問い掛ければ、銀八は高杉の首筋の一点を見つけたままニヤニヤと笑うだけだ。
「…くっそ…」
高杉は肩にかけた掛け布団を引きずって、確認のために鏡のある洗面台に向かった。
鏡に映った自分の右首筋、自分の左首筋にはくっきりと小さな紅い花が咲いていた。
制服を第一ボタンまで閉めれば見えないだろうが、第二ボタンまで開けている高杉の普段の制服の着方では確実に見えるだろう。
「あんのやろー…」
跡だけはもう休めない体育がある関係で見えるところには今まで絶対つけさせなかったし、つけなかったのに。
銀八もちゃんとそこのところを弁えているから、今までつけようともしなかったからと油断していた自分を恨めしく思う。
不機嫌さを露に銀八のいる部屋に戻った。
「どうしてくれんだてめー。これじゃあ制服でも隠れねーじゃねーか」
「んー?バンソウコウでも貼っとけば?わかりやすく。もしくは蚊に刺されたとか」
もう蚊のいる季節ではないのに。まるで他人ごとの銀八の背中を忌々しく思いながら睨み付けると、高杉は静かに銀八に近寄ってその背に触れた。
もう振り向きもしない銀八のうなじを睨み付けて、そっと背中に唇を近付けた。
「い…っ!」
次の瞬間背中に走った痛みに銀八の背筋は反り返るほどに伸びた。
高杉が当初求めていた反応が見られて、高杉はキャッキャと楽しそうに笑ったが銀八はそれどころではない。
「おまっ…!ちょっ…!なにしてんのォォオ!」
「キスマークは付かねぇから諦めた」
悪びれる様子もなく言ってのけた高杉は愉快そうに笑っている。
銀八はそんな高杉を見てから自分の背中を見ようとしたが、もちろん背中、高杉がつけた歯形など見えるわけはない。
「………くっきり?」
「くっきり」
「マジでか」
深い深い溜め息をつく銀八に、高杉はケラケラ笑いながら敷かれっ放しの布団に寝転んだ。
「ざまぁみろ」
そう言い放てば銀八は渋い顔をしてうなだれた。
そうして俯せて機嫌よく足を揺らしている高杉を見た。
「………満足?」
「あァ満足だ」
「そ」
自分の痛みは無駄ではなかったようなので、銀八はとりあえずよしとした。これでまだ不機嫌だと言われたら痛い思いをしたカイがないというものだ。
「銀八ィ、おまえそのまま裸でいろよ」
「冗談。俺外歩けねーじゃねぇか。今日トイレットペーパーの安売りなのに」
「いいじゃねぇか。そのカッコで行けば」
「捕まるわアホ」
鼻歌混じりでテレビのチャンネルを弄んでいる高杉に視線をやって、銀八はやおら立ち上がると散らかしてあった服を拾い集めた。
纏めて高杉に向かって放り投げる。
「とりあえず、オメーは服着ろっての」