風邪をひき、熱を出していたときの記憶が、高杉にはあまりない。ただひたすら うなされていた。
そして銀時に看病された覚えも特にない。苦しんでいたのに割と放置されていた 気がする。これで死んだら殺してやると心のなかで思いながら、10cmになった人 間に薬などないため発熱からくる寒気にガタガタ震えて治るのを待っていた。
今は熱が下がった代わりに少し咳が出るようになったが、起き上がることも出来 ず人形用のベッドから出られたなかったので大分マシになったものだ。
ベッドから抜け出してコンコンと咳を繰り返す高杉に銀時は嫌そうに顔をしかめ ている。
「もっと寝ててくんねぇ?移ったらやじゃん」
「知るか」
発熱中の汗を吸い込んだシーツや着物は新八が手洗いして干してくれている。ベ ッドは寝られる状態にないのだ。
拙い手製のちゃんちゃんこを羽織ってお茶を飲む。中からじんわりと温まった。 本当、回復してよかった。高杉は心底そう思った。そして沸々とわきあがる銀時 への恨みを募らせた。
熱を出して苦しんでいるのが他の二人には見えなくとも、銀時には見えているの だから少し位心配して看病してくれてもよかったではないか。
新八と神楽の方がオロオロとしながらもなんやかんや世話を焼いてくれたのだ。 ベッドで寝込み食欲もない高杉にスポイトで少しずつ水分を取らせたり、高杉の 分だけお粥を作ることは出来ないから自分達の食事もお粥にしたりとかいがいし く看病してくれた。
二人には高杉の姿が見えないにも関わらず、だ。見えないからこそ世話をしてく れたような気もしないでもないが。
だからこそなにもしなかった銀時への恨みが募る。
この恨み、はらさでおくべきか。
高杉は自分用の小さくて重たいカップを握りしめながら銀時を睨み付けた。不穏 な空気を纏う高杉の胸中など気にもとめず、その時の銀時はただぼけーっとテレ ビを見ているだけだった。



なにをしてやろう。高杉は考えていた。
大事にしているイチゴ牛乳を全部あのデカイ犬の餌にしてやろうか。でもそのた めには1リットルの牛乳パックを自力でどうにかしなくてはならないし、そもそも 冷蔵庫の扉が今の自分に開けられるかもわからない。
ならなんだ、やはりこれまた大事にしてるという結野アナとかいうののフィギュ アでもぶっ壊してやろうか。前に家賃の代わりに差し出そうとするくらいの宝物 らしいから。
何故高杉がそんなことを知っているかというと、高杉に遊び相手、と言って神楽 が持ち出して差し出してきたからだ。
当然銀時が止めて没収していた。別にあんなもの側に欲しくもなかったからどう でもいいが。
やはり手をだすならあれか、と高杉は考える。だが高杉が壊したとなれば、今度 こそ本気で窓から投げ捨てられるかもしれない。おそらく、床にたたき付けられ る、なぶり責められる等の非人道的なことはしないとは思うが。一瞬で視界から 消せる方法をとられそうな気がする。
どうする。
「最近やけに大人しいじゃねーか。どうした?」
不意に声が降ってくる。
黙って薄情な銀時への日頃の恨みの復讐を考えている高杉は騒ぎもせずおとなし くしていた。
熱でうなされていた時ならともかく、まだコンコンと咳をしているものの元気に なったなんやかんやとうるさい高杉が静かなのが銀時は気になったようだ。
騒げばうるさいと怒るくせに、と高杉はキッと銀時を睨み付けた。考え事を邪魔 されてカチンと来たのだ。
早くいなくなれって言うくせにいざいなくなったら連れ戻す。少しは黙れと言う くせに、黙り込んだらまた文句。
特別銀時に文句を言ったつもりはなかったのだが高杉はそう受け止めた。
なんなんだと言い返してやろうと思い口を開いたその瞬間、銀時の指先が高杉の 頭に触れた。
「まだ熱でもあんじゃねーの。おめー、ちょっと熱があるときはお喋りになるけ ど、高くなりすぎると喋らなくなるからな」
「………」
高杉の温度を確かめようと、銀時は指先を押し付ける。うりうりと頭を押されて 高杉はされるがままぐらぐらと揺れた。その感覚に、なんだか気持ち悪くなって くる。
「…っ!やめろ!」
「おっと」
全力で銀時の指を払いのけた高杉に銀時は手を引っ込めた。力を入れたつもりは なかったのだが、10cmの高杉には抗いがたいものだったようだ。
首を回したりして感覚を整えている。まだ残る不快感に顔をしかめ、自分を見下ろす巨大な銀時を睨み付 けながら見上げた。
「てめぇ、なんのつも…」
「熱はねぇみてーだな」
ぽん、と今度は壊れ物にでも触るような力で頭を叩かれて、高杉は紡ぎかけた文 句を飲み込んだ。
「まだ病み上がりなんだから、無理すんじゃねーぞ」
「………」
高杉は無意識に頭に手をやった。そして考える。
まさか、気を使われた?心配、してくれているのか。あの銀時が。あの、銀時が 。まさかそんな。
首を振って否定しても、頭の片隅にむくりと顔を出した思いは消し去れない。
もしかしたら、熱を出している間も心配して看病してくれていたのかもしれない 。うなされていたから記憶にないが、もしかしたら、もしかしたら。
「………」
高杉はぐるぐると頭のなかで葛藤を繰り返していた。