「俺はうちに帰って来いって言ったのになーんであんなとこにいんだろうなァ、 なァオイ」 「………」 台所で銀時はお椀の中身に話しかけた。 お椀の中では高杉が鼻までお湯に浸かり、ぶくぶくと泡をたて銀時と目を合わせ ようとしない。 冷えきっていた高杉のために、風呂を沸かすのではなくヤカンでお湯を沸かした 。熱湯を注ぎ水で少し温くする。それで高杉の風呂の完成だ。 「オイ答えろや。熱湯足すぞ」 ヤカンを片手にしている銀時の不穏な発言に、高杉は変わらず口許まで湯に浸か ったままギロリと銀時を睨み付けた。 しばらくそうしていたがやがて高杉は顔を出すと言った。 「俺ァもう戻らねぇって言ったはずだ。テメェだって俺がいなくなって清々した ろ。なのになんで連れ戻しやがんだ。ふざけんな!」 「仕方ねぇだろ。神楽がおめーがいないってうっせぇんだよ。出てくならちゃん と神楽に言ってから出てけ」 「どうせ声なんざ聞こえねーだろうが」 「んなの知るかよ。とにかく神楽納得させてから勝手に出てけ」 「………」 どうしろというのだ。高杉は唇を尖らせるが銀時は見もしない。 「っくしゅ」 風呂に入っているのに小さなくしゃみが響いた。ぞくりと背中に悪寒が走る。 なんだか気分が悪いのは散々乱暴に扱われて目を回したからではないのだろうか 。 そんなことを思いながら高杉はまた鼻まで風呂に入った。 万事屋に戻った高杉を待っていたのはそれなりに大きなドールハウスだった。 「………なんだァコレ」 「神楽が近所のガキんちょのねーちゃんからおまえ用にもらってきた。邪魔くせ ぇんだけどコレ。なぁ捨てていい?コレ捨てていい?」 「ダメヨ!」 高杉ではなく神楽の鋭い声が飛ぶ。 「いつまでもあんなティッシュハウスじゃ可哀想ネ。だから私もらってきてあげ たヨ。今日からあの子は此処に住むアル」 「だそうだ」 「………」 高杉はもう言葉も無くただ目の前の「家」を見つめた。 「あと洋服もあるぜ。ほら」 銀時は言いながら家の側にあった小さな服を二、三着高杉に見せる。 ナイロン製の堅い衣服は可愛らしい女物だ。 「誰が着るか…!」 「そ?おめーなら着るかと思ったけどな」 「着ねーよ!」 普段から派手なの着てんじゃんと銀時は言うが、女物のような着物と女の子の服 はまるで違う。 明らかにミニスカートのワンピースタイプで、着心地も悪そうなものなど死んで も着る気になどならない。 だが今のサイズの高杉が着れる服が無いのも確かだ。新八が数着簡単に仕立てて くれたが所詮素人仕立て。文句を言える立場なら言いたいが、生憎今の高杉はそ れ以外には裸という選択肢しかない。 どうせ誰にも見えないのだから裸でも支障はなさそうだが、高杉の羞恥心がそれ を許さなかった。仕方なく新八お手製の着物と元々着ていたのを着回している。 「新しい服が欲しい」 「んな金が何処にあんだ」 「後で返してやるよ」 「今ねーんだよ」 「………」 まるで取り付くしまのない銀時に高杉は黙り込んで、ドールハウスにあったベッ ドの上で布団を被り膝を抱えた。 しばらくそうしていた高杉だったが、やがてもそりと動き出した。顔だけ出し、 銀時を呼んで一言。 「腹減った。飯」 「………」 家出していた高杉は昼を食べていない。空腹を主張する腹に従った。 だが銀時は難しい顔をしている。実は今の万事屋に高杉の分の食事はなかった。 正確に言えば高杉の昼食は残ってはいる。神楽がドールハウスその他と一緒に譲 り受けたおもちゃの食器に盛り付けてもある。 だがそんなものとうに冷えきっていた。高杉用のちっぽけな食事だけを効率よく 暖める術など万事屋にはない。 以前の銀時ならばためらわず冷たい食事を出しただろう。だが今はもう少し優し くしてやればよかったと後悔したばかりだ。そんなことをするわけにはいかない 。 だが沈黙の銀時に対し、高杉が要求を繰り返すのにカチーンときた。結局冷めき った料理を高杉の前に並べる。 いつもの醤油皿ではなく高杉にぴったりとまではいかなくとも適切なサイズの食 器に高杉は目を丸くする。しかしその上に乗る冷たい料理に高杉は眉を寄せた。 「ざけんなよ、こんなもん食えるか」 「じゃあ食わなきゃいいだろうが。もううちにはそれしかねーからな。大体なぁ 、おめーが家出なんて馬鹿な真似しなきゃ料理だって温かかったんだよ。自業自 得だろ」 「馬鹿な真似とはなんだ。そもそもてめぇは俺のこと邪魔者扱いでいなくなれば いいって思ってたんじゃねぇか。何を今更…」 「何?おまえ俺が望むことに素直に従うようなタマ?何言っても自分のワガママ 突き通すような奴が何俺のせいにしちゃってんの?全部おめーが悪いんだろ」 「あぁ?んだとコラ。それはこっちのセリ…」 高杉の言葉は自身のくしゃみでかき消された。ずずっと鼻をすすり、体を包んで いる布団をぎゅっと握り直す。そして立てた膝に顎を乗せて肩までしっかりと布 団を被る。 小さく丸まった高杉を銀時は見下ろしていたが、屈んでなるべく近くから高杉を 見た。少し青ざめた顔色をしているのがわかった。 「…風邪か?」 「ちげぇよ。誰かが噂してんだ」 強がる高杉を余所に銀時は人差し指を高杉に伸ばして指先で高杉の額に触れた。 じんわりと熱が拡がるが、正直よくわからない。 「ったく…。暖かくして寝てろ。おめーの飲める薬なんざねーからな」 「いらねーよ。風邪なんか引いてねぇって言ってんだろ」 「あーもううるせーうるせー。とにかく寝てろ」 「…っ!」 力づくで無理やり高杉を横にさせる。起きようともがく高杉を片手で押さえ込め ば諦めたのか高杉がおとなしくなった。 「…飯」 ぼそりと高杉が呟く。それを聞いて銀時は溜め息をついた。 仕方がない。さっき使ったお湯がポットに入れてある。それを使ってお粥にでも してやろう。 俺って優しい。 そう思いながら銀時は小さな食器を摘んで台所に向かった。 |