普段ならしばらくすればケロッとしている神楽が今回は何時までもぐずぐずと拗 ねているのに腹が立つ。
雨で髪は重たいし、苛々が重なって銀時は刺々しい声を出した。
「いつまでもふて腐れてんじゃねーよ、ったく…。おめーにゃ姿も見えてなきゃ 声も聞こえねぇ存在だったろうが」
銀時の言葉にキッと神楽が銀時を睨む。
「銀ちゃんにはわからないネ!あの子、本当にいい子あるヨ!!鉛筆抱えて字書 いて私に字教えてくれたアル!!そんなあの子がいなくなったっていうのに、銀 ちゃんはどうしてそんな平然としてられるアルか!!」
「どうしてって、そりゃ…」
おまえがそんなに入れ込んでる大のお気に入りのあの子はテロリストとして指名 手配中の高杉晋助だからだよ、とは言えず銀時は黙り込む。
神楽はワッと定春に抱き付いて叫んだ。
「もしかしたら開けっ放しの窓から入り込んだ風にさらわれてしまったかもしれ ないアル!あの子、きっと今頃雨に打たれて泣いてるヨ!可哀想!ほっとくなん て酷い、酷すぎるアル!!」
あいつが泣くわけねーだろ。銀時はそう思いつつ口には出さない。
ちらと窓に目をやる。雨は強まっていた。



雨が痛い。そう思うのに動くのが面倒臭い。
高杉は座り込み壁に寄り掛かったまま人気のない路上をぼんやりと見つめた。
先程雨宿りできる場所でしばらく休んで、また歩き出したがなんだかもう疲れて しまった。雨を遮るものなど何もないところに座り込んだ。
地面の泥が跳ね掛かり高杉の服を汚す。別にもう既に全身ずぶ濡れだ。今更気に することもない。
眠い気がする。もういい。寝てしまおう。
ゆるゆると高杉は瞳を閉じた。



しばらく寝ていたと思う。どれだけの時間が経ったかはわからない。
目は閉じたままふと意識が戻った瞬間、雨の音はするのに、先程まで容赦なく打 ち付けてきた滴がなくなっていた。それになんだか暖かい感覚がする。知ってい る感覚だ。
「おーい、生きてんのか?」
降ってきた声に目を開ける前に、ひょいと体が宙に浮いた。
ぱちっと開けた瞳に死んだ魚のような目が写る。
「お、生きてた」
「な…」
なんで銀時が此所に。首根っこを掴まれている高杉は目を見開いた。
傘をさししゃがみ込んで高杉を摘みあげた銀時は、高杉が目を開けたことにも特 別安堵した様子もなくぽたぽたと高杉から滴る雨粒を見た。
「あーあー、全身ぐっしょりじゃねーか。ってかおまえこんなとこで何してんの ?」
銀時の言葉に、驚きのあまり思考を停止していた高杉が我に返る。銀時の手から 逃れようとじたばたと暴れ出した。
「離せ…っ!俺ァもうてめーの世話になんかなんねェ!もうあんな生活ウンザリ なんだよ!!」
「は?なに、つまりおめー家出したの?」
「離せっつってんだろ!」
「おっ、暴れんなよ」
「いっ…」
飛び散る飛沫に煩わしそうに目を細めた銀時はピンっと高杉にでこピンをした。
銀時なりに手加減したつもりだった。
しかし高杉には強烈な一撃であったらしく額を押さえておとなしくなった。ぶら んと垂れ下がった足の下、ぴたんぴたん、染みが広がっていく。
その様を見て銀時は顔をひそめた。
「あーあ、こんなびっしょりなの俺持ちたくねーよ。おめー、もうそんだけ濡れ てんだから歩いて帰って来い」
「誰が帰るか!もう戻らねぇっつってんだろ白髪天パ!!」
「はいはい、じゃあ俺先戻ってるからな」
「あ…」
ひょいと路上に下ろされて、立ち上がった銀時を見上げれば、彼はとても大きく 見えた。
「早く帰って来いよ。神楽がうるせーんだ」
「………」
銀時が踵を返し立ち去ろうとする。銀時の傘から外れて、また冷たい雨が高杉を 打った。
暖かい感覚が遠ざかっていくのがわかる。
「………」
高杉はしばらくその場に立ち尽くして銀時の後ろ姿を眺め、銀時が角を曲がって 姿が見えなくなってもそちらを見つめていた。銀時が遠ざかっていくのが感覚で 分かる。
「………」
しばらくそうして、一瞬後を追おうかと思った自分に腹を立てながら銀時とは逆 の方向に歩き始めた。
高杉のいる路地を誰もが彼に気付かないまま往来する。高杉はとぼとぼと足を進 めた。
『帰って来いよ』
銀時の言葉を思い出し、止まりそうになる足を必死で前に進める。
人がどんな気であそこから出て来たかも知らないで、よくもまぁそんなことが言 えたものだ。
だいたい自分のことを散々厄介者扱いして邪険にしてたのはあいつじゃないか。
いなくなってやったのにそんなことを言われる筋合いはない。
怒ろうにも、この雨が頭を冷やしてしまう。
「………」
高杉はついに足を止め、肩を落とした。
戻ろう。こんな姿じゃ何も出来ない。
そう思った高杉の目に入ったのは、武装警察真選組の屯所の門だった。



神楽に追い出されるように外に出て少しぶらついて気配を研ぎ澄ませば微かに高 杉の気配がして、それを辿って彼を無事見つけた。
とりあえず無事なようなので自力で帰ってこいと言ったはずなのに高杉が遠ざか っていく感覚に銀時は足を止めた。
オイオイオイ、無理やり引っ掴んでこねーとダメなのか。
あんなびしょ濡れの奴を懐になど入れたくない。いや、濡れてなくとも入れたく ない。
あいつはあいつの意思で此所を出ようとしたようだ。なら無理に連れて帰ること はないんじゃないか。神楽だって、今でこそグチグチと奴を気にしているようだ が2、3日もすればきっと綺麗に忘れるだろう。
ならもういいんじゃないか。綺麗さっぱりこの数日を夢だと思おう。さよならだ 高杉。
そう思った途端、今まで少し酷い扱いをしすぎたかなと思い始めた。
せめて最後くらいはちゃんとしてやろう。餞別をやろう。神楽にもちゃんとこい つはこいつの意思で去るのだとわからせてやろう。
そう思った銀時はとりあえず高杉を連れ帰ることにした。
高杉の一歩と銀時の一歩は比べ物にならない。すぐに追いつく。そう思った銀時 は、先程高杉と別れた場所に戻り高杉の気配を追った。
「ん…?」
気配の方向と頭の中の地図を重ね合わせて銀時は眉を寄せた。
この角を曲がったところ、其処にあるのはチンピラ警察の本拠地ではなかったか 。
「………」
ひょいと覗き込む。其処には銀時の予想と違わないものが存在し、当番が二人門 の前に立っていた。
高杉の気配は確かにその中からする。
勘弁してくれよ。銀時はこのままさよならにしようかと、心の底から思った。