「銀ちゃーん、あの子何処にいるアルか?今日も一緒に遊びにいくアル」 「は?今日これから雨だぞ。濡れ鼠になる気か?」 「雨降る前には帰って来るアル。今日はあの子と公園行くネ」 そんな会話を交わしながら銀時はティッシュの空き箱で作った高杉の小部屋を覗 き込んだ。 其処に高杉の姿はなかった。そのことに銀時は特別慌てることもない。それはい つものことだった。 神楽が高杉を連れて遊びに行くと言い出すと高杉は隠れる。だが高杉に銀時の居 場所が感覚で分かるように、銀時も高杉の居場所が分かることが最近分かり、直 ぐさま見つかるのが常だった。高杉がどんなに気配を殺していてもだ。 いちいち探さなきゃいけないのは少し面倒臭いが、それだけの手間で神楽が奴を 連れ出してくれるならそれくらい惜しみはしない。 だが。 「ん…?」 気配を探っても何も感じない。無造作に高杉が隠れられそうなところ、ソファの 下等を覗き込んでも其処には何もない。 「………?」 「どうしたアルか」 「や、なんか、いねぇみてぇ」 「なんでアルか?!」 銀時の言葉に衝撃に揺れる神楽の声が響く。 「なんでいないアルか?もっとちゃんと探すヨロシ。私もっとあの子と遊びたい ヨ」 「うっせーな。いねぇもんはいねぇんだからしょーがねーだろ。丁度いいからも うあれのこたぁ忘れろ。な」 「嫌ヨ!あの子私がソファの下に落としちゃった酢昆布引摺りだしてくれたヨ。 優しい子ネ」 「落とすんじゃねーよそんなとこに。ゴキブリくんだろーが」 その後神楽がいくら騒いでも銀時は高杉の捜索をすることはなく、そのうち神楽 はふて腐れて定春に凭れて不貞寝し始めた。 どうせどっかにいるんだろうし、勝手に姿を消したくせに腹が減ったら文句言い に出て来るだろ。それに、いないならいないで願ったりだ。 銀時はそんなことを思っていたのだが、神楽が黙り込み静かになった万事屋で銀 時はもう一度高杉の気配を探ってみた。 やはり何も感じられない。昨日まではちょっと集中すればすぐにわかったのに。 「………」 此所にはもういないのか。散々いなくなればいいと願ってきたのを神様とやらが やっと聞き入れてくれたのか。 急に現れて黙っていなくなるたぁ何処までも勝手な野郎だ。 銀時はケッと毒づくとブラウン管の中の結野アナに意識を向けた。 一方。万事屋から姿を消した高杉はかぶき町の町を歩いていた。 いくら自分の姿を見えるのが銀時だけで奴しか頼れる人が居ないといえどもうあ んな処には居られない。 そう思った高杉は出された朝食を食べるとこっそりと空き箱を抜けだし玄関に移 動した。 さすがに戸を自分で開けることは出来ないので、高くそびえる戸の横で誰かが開 けるのを待つ。 神楽が朝刊を取るため戸を開けた。その隙に高杉は外に出た。 銀時のところに来た日、必死でよじ登った階段を、今度は一段一段崖のようだと 思いながら降りる。 下に着いて溜め息をついてしばらく休む。それから一度万事屋を見上げ、睨み付 けてからその場を後にした。 雑踏を避けるため、道の端を歩く。 神楽に連れ回されたときは神楽の肩にいたのでそれなりの高さから町を見て回れ たが、高杉の視点では世界は一変してしまって、ただでさえ馴染みのない町はさ っぱりわからない。 そもそもあてに出来る人もいない高杉には当然行くあてもない。 とりあえず万事屋から離れようと高杉は足を進めた。 不意に聞こえた雨の音に銀時は姿勢を窓に向けた。 ガラスには細く短い雨の筋が次々と刻まれていく。 「………」 銀時はほんの少しだけ、高杉のことが気にかかった。 あいつは今何処にいるんだろう。絶対に万事屋にいないことは感覚で分かってい る。 元の大きさに戻れたんだろうか。戻れたから出ていったんだろうか。だが朝は確 かに10cmのまま存在していた。戻れたからいなくなったんだとしたらいつの間に 戻れたのだろう。 「………」 考えてみたが面倒臭くなり、銀時はすぐさま思考回路を止めて考えることを放棄 した。 降り出した雨粒が大きい。急に肩に当たった滴に高杉は空を仰いだ。 ずっとぐずっていていつ泣き出すかと思ってはいたが、ついに堪えきれなくなっ てしまったらしい空は大粒の涙をぽたぽたと落とし始めた。 といっても大粒だと思うのは高杉だけで、普通の人にとっては傘をさすまでもな いただの小雨だ。高杉が通りを見ても、傘をさす人は皆無に等しい。まぁ高杉に はさす傘もないが。 高杉はもう一度空を見上げる。雨足は強さを増していくだけだろう。小さく舌打 ちしてまた歩き始めた。 予想通り、勢いを増していく雨が容赦なく高杉の体を打つ。 傘替わりに翳した落ち葉など大して役にも立たなかった。いつしか全身ずぶ濡れ になり、また歩き続けた上、断続的に叩かれた体は疲弊している。 高杉はなんとか雨宿り出来るところに辿り着くと溜め息をついてその場に座り込 んだ。 見上げた空は先程よりもずっと重々しい雲で覆われている。 くしゅん。 寒い季節ではないがくしゃみが出た。雨はまだ止みそうにない。これからどうし よう。 この曇天と同じく、高杉の心にも陰鬱とした雲が充ち満ちていた。 |