「俺は幻覚や幻聴に苛まれてるワケじゃねー。なんでかしらねーが、俺にしか見 えねぇもんがこの世には存在してるんだ」
銀時が高杉を机の真ん中、銀時と万事屋他二人の間に置き指し示しながらそう説 明しても、二人の気の毒そうな目は変わらない。
「銀さん、僕らも付いてきます。だから一度病院行きましょうよ」
「このままじゃ私達ギクシャクした関係になっちゃうヨ」
「だーから…っ!」
真面目に説明してもなかなか理解しない二人に焦れた銀時は無造作に机を叩いた 。
銀時に背を向け新八と神楽を机で見上げていた高杉は銀時の手の数センチ横にい て、危うく潰されかねなかったことにびくりと体を竦ませ振り返って銀時を見上 げた。いや、見上げようとした。
だが高杉が行動するよりも先に銀時の手が高杉を掴み、二人の前に高杉を突き出 していた。
「ほらァ!いんじゃねーか此所に!!俺の手の中!!俺めっさそいつ掴んでっか ら!!!」
「いないヨ。何も」
あっさり返されて銀時はさらに声を張り上げる。
「じゃあおめーらも触ってみろォォオ!!絶対ェ此所にいんだって!マジ居やが んだよ!俺だって見たかねぇ!!見えなくなりてぇよ!!!」
「てめっ、銀時、どさくさ紛れに何ほざいてやがる」
自分一人高杉が見える苦労より、小さくなってしまったうえに銀時一人にしか自 分を認めてもらえない高杉の苦労の方が何倍も大きいというのに銀時は自分のこ とだけでいっぱいだった。もう耐えられない。本音がそのまんま零れ落ちた。
半信半疑の新八と神楽だったが、銀時のあまりの必死さにしぶしぶと二人には見 えない何かを掴んでいるという銀時の手に手を伸ばした。
先に手を伸ばしたのは神楽だった。
「あ、ちょっとストップ。神楽、てめぇはやめとけ。うっかりプチとか潰されち ゃ敵わねぇ」
神楽の力加減の下手さを寸でのところで銀時は思い出した。さっと高杉を神楽の 手から遠ざける。
「触ってみろって言ったりやめろって言ったりどっちアルか。私もう銀ちゃんの ことわからないヨ!」
「触らせてはやる。ほら、両手でお椀作れ。乗っけてやっから」
神楽は言われた通りに手のひらを上に向けて銀時に差し出した。
銀時はその手に転がり落とすように高杉を乗せた。
「ワァ!!なんか乗ったヨ!!見えないのに!!」
手のひらに感じた高杉の重みに神楽がはしゃぎ声を上げた。パッと目を輝かせて 銀時を見上げる。銀時は神妙な顔をして頷いて見せた。
「神楽ちゃんまで…。って、うわっ、本当に何かいる!」
一人訝しげな顔をしていた新八も神楽の手から高杉を移されて驚きの声を上げた 。
はしゃぐ子供たちにやっと皆わかってくれたかと銀時は目頭を押さえる。長かっ た。しみじみとそう思う。
「あ」
新八の声になにかと視線をやれば高杉が新八の手から逃げ出して銀時の方に駆け 寄ってきていた。
高杉はキッと銀時を睨み付けて吠える。
「俺ァガキの玩具じゃねぇんだよ!てめぇ、なんのつもりだ銀時ィ!!」
「だーって俺一人でおまえ背負うの重てーんだもん。捨てちまうより他の奴にも わかってもらおうっていう俺の温情だぜわかってる?」
「んな生温い温情があるか!」
「はいはい、神楽に潰されねーようにな」
「な…っ!」
言いながら銀時はまだ恨みつらみを並べる高杉を摘みあげて二人に戻した。
見えてないのに確かに感じる存在に二人、特に神楽は楽しんでいる。新八はそん な神楽が見えない存在を潰してしまわないかとハラハラしているものの自分の目 には映っていないのだからどうしたものかと困っていた。
だが銀時の目にはしっかり高杉が映っている。二人に触られ鬱陶しそうにしてい る高杉を見て、これで自分の病院行きも無くなった、高杉の世話も二人に任せら れるとニヤニヤとしていた。
だが数日もしないうちに笑えないことになる。



「いい加減にしろよてめぇ。いつまで俺を奴等、いや、あの夜兎の小娘の玩具に させとくつもりだ」
遊びに連れてかれて、落とされたこともあった。何せ神楽に自分の姿は見えない のだから、はぐれたら最後見つけてもらえない。
何処とも知れぬ公園で感覚だけを頼りに自力で帰るハメになったこともあった。 もう限界だと低い声で訴えてくる高杉にも、銀時は耳を貸さない。
「いーじゃねぇか。てめぇも日長うちにいんのも暇だろ〜?神楽に外連れてって もらえていい暇潰しじゃねぇか」
「あんな暇潰しいらねぇんだよ!」
高杉は水面を殴り付ける。ぱしゃんとお椀の湯が散った。
神楽が遊びに連れ回してくれるおかげで銀時は高杉にあーだこーだ言われる機会 が大分減った。高杉になんと言われようと、神楽から引きはがす気は無い。尤も 、神楽が飽きてしまえば話は別だが。
お風呂は仮にも年頃の娘と一緒に入れる訳にはいかないので銀時が一緒に入って いる。
だがせっかくゆっくり出来る時間にこんな文句を言われるのならば風呂も一人で 入れさせてしまうかと想いを巡らせていた銀時は、お椀の中で高杉がある決意を 固めていたことに気付くはずもなかった。