ぽつんと窓の側に高杉がいるのを見つけ、銀時は眉を寄せた。
「なんでんなとこにいんだよ」
「んだよ、いちゃ悪いのか」
「だって神楽いねーじゃん」
いつもなら神楽が出掛けるとき、一緒に高杉も出掛けている。正確に言えば連れ出されているのだが、どちらにせよ神楽の不在が高杉の不在とイコールであることにかわりはない。
「夜兎の小娘ならとっくに遊び行ったぜ」
おまえなんて連れて行かないネ。留守番してるヨロシ。ついでに部屋の掃除でもしてるヨロシ。
そう言い残して神楽は出て行った。高杉がその言葉に聞き覚えがあるのは昨夜神楽がシンデレラの絵本を読むのに高杉を辞書がわりにしていたからだろう。
別に連れていって欲しいなんて言った覚えはないし、連れていかれても酷い目に合うだけなので家に置き去りにされた方が有り難い。部屋を掃除する気などはないが。
姿が見えるようになって、神楽は高杉を構わなくなってし、銀時に虐げられていてもかばわなくなった。
少女特有の潔癖さがなんとなく高杉への思いを負の方向に働かせているらしい。
そのため窓辺に座って空を眺めたり、適当にテレビを付けてみたりして高杉は一日を過ごしていた。
ちらりと銀時に目を向ける。
やる気がなさそうに寝転がりジャンプを読み耽っている様は何のために生きているのかと問いたくなるほど堕落しきっているように見えた。
そんな銀時から目を離しまたテレビを見遣ってはまた時計を見る。ほとんど時間が経っていなかった。
時の流れはこんなにも緩やかだっただろうか。一日はこんなにも長いものだっただろうか。退屈過ぎて死にそうになりながらごろんと机の上に寝そべれば銀時から声がかかった。
「つまんねーとか思ってんだろ。明日神楽に言ってやろうか?おまえも連れていってやってくれって」
「あぁ?何言ってやがんだ。あんな小娘に振り回されずに済むようになって清々してらァ」
「ふーん、あっそー」
「………」
読み終わったらしいジャンプを顔に乗せて昼寝を始める銀時を高杉は睨みつけた。
確かに死ぬような目に散々合わされたが、神楽が連れ回してくれたおかげで一日を退屈せずに過ごせていたことを認めざるをえない。
だが神楽はもう高杉を連れて遊びに行くようなことはしないだろう。これからどうやって一日を過ごそうかと高杉はため息をついた。



人の目に映るようになって以降、家から出ることのない日々を過ごしていた高杉だったが、ふと気がついた。
今なら銀時以外に自分の姿が見える。声だって聞こえる。ならば鬼兵隊のところにも戻れるのではないか。きっと彼らも高杉を探しているに違いない。
(万斉なら江戸に来てるかもしんねぇ…)
ちらりと高杉は銀時を見遣った。銀時が高杉の行動を気にしているようにはとても思えない。
これなら…。
そんな思いを胸に高杉はそっと机から降りると銀時が寝そべっているソファーの横を駆け出した。
「何処行く気だよ」
急にかけられた声に高杉は足を止めた。
ゆっくりと振り返れば銀時はまだジャンプを顔に乗せ横たわったままで高杉の動きになどカケラも気を配っている様子もない。
「………」
高杉はしばらくじっと銀時を見遣ったが、またくるりと背を向けて足を一歩踏み出した。
「だから、何処行くんだって」
「…てめぇにゃ関係ねーだろうがよ」
「ねーけど、ちょこまかされっと気になんだよ」
「そんなん知ったこっちゃねぇ」
フンと鼻を鳴らして高杉は部屋から出ようとした。
「うちから出たらおまえまたザルに閉じ込めっからな」
「………」
その言葉に高杉は再び足を止める。今一度銀時を振り返り見遣ってもやはり銀時の体勢は変わっていない。
イケる。
そう判断した高杉は全力で駆け出した。玄関の扉を目指す。あと少し、そう思った瞬間高杉の視界に陰が落ちた。
「むぎゅ…!」
数瞬後に上から落ちてきた何かに潰された高杉は衝撃にしばらく潰されたままでいた。
「っく、…」
ざらついた紙の感触をそれこそ全身で感じながらやっとの思いで這い出して見れば高杉を押し潰していたのはジャンプだった。
何処が痛むかと聞かれたら全身というしかないのだがとりあえず頭を押さえながら忌ま忌ましそうにジャンプを見遣ればすぐ目の前に気配を感じて見上げればしゃがみ込んだ銀時が座り込んでいた。
目があって、ひくりと高杉は頬を引き攣らせた。
「おまえ、何してんの」
「…てめぇにゃ…」
「関係ないって言ったらまたジャンプ投げんぞ」
「投げてやがったのか!」
単に上から落とされただけだと思っていたら後ろから投げ飛ばされていたとは。どうりで衝撃が微妙に前に引きずられたと思った。
擦れた顔が痛い。当たり所が悪かったらどうするつもりだと睨みつけてみるが銀時は平然としている。
「てめぇの姿が他の奴らに見えるようになっても、ムカつくことにまだおめーの動きはわかるんだよ」
不思議な一体感、最近は薄れつつあるようであまり意識していなかったが、言われてみれば確かに銀時の存在を目の前にいるということを抜きにしても強く感じる。
ちっ、と舌打ちした高杉を銀時は摘みあげ、台所に向かうと先程の言葉通りザルで檻を作った。投げ付けたジャンプを重しにする。
「明日ジャンプ買いに行くから、連れてってやっから」
「………」
銀時が恩着せがましく言った言葉がまた新たな火種を生むことになるとはまだ誰も知らなかった。