「なんじゃこらァァア!!!!」
銀時が絶叫し思わず握り締めていたそれを放り落としてしまったそのとき、その 声に閉じていた襖が勢いよく開いた。
「うるさいネ!いつまで寝てるアルか!!さっさと起きるアル!!」
「ちょっ、かぐ…!神楽、これ見ろこれェェエ!なんかいた!!なんかいたァァ ア!!!」
「ふぎゅ…!」
銀時はつい先程落としたばかりのそれをまた拾い上げ握り締め、襖のところで仁 王立ちしている神楽に突き付けた。
神楽の視線が銀時の手に注がれる。そこでは10cmの高杉が銀時の拘束から逃れよ うと騒ぎながらもがいている。
神楽はしばらくじっと一点を見つめていたが、やがて訝しげな目を銀時に向けた 。
「?なにアルか?なんもないアル。だいたい握り締めてたら見えないヨ」
「嘘ォ!ちょっ、待っ、オイ、どう見てもなんかいんじゃん!!俺掴まえてんじ ゃん!!」
必死の銀時の訴えに神楽は蔑むような、まるで可哀相なものを見るような目をし て銀時を見た。
「銀ちゃん…、とうとう頭までくるくるになってしまったアルか?」
「だぁから…!」
「ねぇ銀ちゃん、何もそこにはないヨ。いい子だから暴れないで静かにしてるア ル。もうすぐご飯だからネ。着替えも済ませとくヨロシ」 言い聞かすような声でそう言い放ち、銀時の頭を撫で神楽は戻っていく。 取り残された銀時は10cmの高杉と思われしものを握り締めたまま愕然とうなだれ た。 銀時の手の中では、まだ高杉が暴れていた。
新八にもこれが見えないのか尋ねたが、結果は神楽の時と同様、可哀相なものを 見るような視線を受けただけだった。お登世やキャサリンには病院まで紹介され た。
どうやら銀時以外の人間にはこれが見えないらしい、と結論付けながら机の上に 乗せてある高杉を見つめた。
散々暴れて疲れたらしく、高杉は少々ぐったりしている。
「ったく、一体なんなんだこりゃ…」
混乱で精神的に疲れ果てた銀時がぶつぶつと呟けばその言葉に反応して高杉が声 をあげる。
「そんなん俺が聞きてぇんだよ。だいたいなァ、てめぇもっと丁寧に扱えってん だ。俺がどんだけ苦労して此所にたどり着いたと思ってんだ。あぁ?」
気がついたら小さくなっていた体でいろんな人に踏まれそうになりながら障害物 を乗り越え、ミニチュア高杉の冒険、と題した本が出来そうなほどの道程の挙句 、たどり着いた万事屋で銀時には乱暴に扱われ銀時よりも高杉の方が疲労感は大 きい。
だが。
「俺疲れてんのかなー…。ここんとこ忙しかったもんなァ。今日はしっかり休も 」
「オイ待て!オイ!!銀時!!」
机の上で高杉が叫ぶのも気にせず、銀時は目頭を押さえながら座っていたイスか ら立ち上がるとふらふらとソファに横になった。
そんな銀時を見つめていた高杉は机に取り残されたままだ。銀時を呼べど、銀時 はもう高杉の声を気のせいだと割り切ることにしてしまったようだ。なんの反応 もしない。
今の高杉はあまりにも無力だった。机の端に立って下を見る。飛び下りるには危 険な高さだ。体長の何倍もあるのだから。
それからまた銀時を見てみるが、銀時はジャンプを顔に被せてソファに横になっ ていてあてにできない。
高杉はイスのある方に移動してまた下を覗いてみる。机と床の間に椅子があるた め飛び下りる距離は半分弱だが、まだ高い。
じりじりと机の先端までにじり寄ると、高杉は目を閉じ深呼吸を一つして覚悟を 決めた。
椅子の上に飛び下りる。柔らかい素材とはいえそれなりの衝撃だ。
体が痛むのに耐えながら高杉は今飛び下りた机を見上げ、それからまた下を見下 ろした。
椅子に飛び下りるだけでもそれなりなものだったのだ。床に体をぶつけたら相当 なものだろう。
「………」
高杉は迷った。銀時を見ようとしたが机が邪魔をして少しも見えない。思わず唇 を噛み締める。
「………」
そしてまた下を覗く。高さが変わっているわけもない。高くならないだけマシと 前向きに考えるべきか。
けれどここでうだうだしてるわけにもいかない。
高杉はまた覚悟を決めた。



一方銀時は寝て気分を一新しようと試みていたがどうにもあの小さな高杉が気に かかっていた。
「………」
あれは絶対気のせいじゃない。もちろん神楽や新八の言うように自分の頭がおか しくなったわけでもない。まだ手に掴んだ感覚が手に残っている気がする。
「………」
銀時はジャンプを退けると体を起こし机を振り返った。
「…あれ?」
置いておいた高杉が、いない。やっぱり自分の気のせいだったのか。そう思いな がら机に近付いた。もしかして机から落ちてしまったのかと思い、周りを見回す 。
ひょいと机に身を乗り出したところで椅子の側に蹲ってる小さな塊を見つけた。
側にしゃがみ込んで見下ろせば、小さく震えてるのがわかった。机に視線をやる 。銀時には大したことない机の高さでも、ここからこのサイズの高杉が落ちたと すれば、人間なら何メートルの高さから落ちたことになるのだろう。
「…大丈夫か?」
とりあえずそう声をかければ、高杉の肩がぴくりと動いた。ゆるゆると上を向く 。
「てめ…っ!痛…」
怒鳴ろうとして体が軋んだのだろう。直ぐさま蹲ってしまった高杉を銀時は拾い あげまた机に乗せようとしたが、高杉はそれを拒否した。また置き去りにされる ことを考慮したのだろう。痛む体でぎゅっと銀時の手にしがみつく。
銀時は仕方なくローテーブルの方に乗せた。其処にはおとなしく乗った高杉を銀 時はソファに座り見下ろした。
机と蹲ったままの高杉を交互に見やって、とりあえず救急箱を取り出した。
どんっと高杉の横に救急箱を置けば、高杉から見れば突如現れたデカい箱にビク リと高杉が身体を震わせた。
「ほれ、手当てしてやるよ」
そう言ってやれば、高杉は少し恨みがましい目を銀時に向けた。