最近ヒバリは俺が応接室にいても殴らない。追い払おうとしなくなった。 本人曰く俺を追い払うのがめんどくさくなったそうだが、それは俺が此所にいる ことに慣れてくれた、そう思っていいんだろうか。 問い掛けてみたいけど、口は災いの元。疑問を口に出してまた追い払われるよう になっても嫌だったから。 だから問い掛けないまま勝手にそうなんだと決め付けて、ちょっと調子乗ってみ た。 そっと近付いて、名前を呼んで、その唇に軽くキスをした。でもすぐに離して、 いつもより近い距離でヒバリを見ればヒバリの真っ黒な目にかつてない程大きく 俺が映ってた。 多分、避けようと思えばヒバリは絶対避けられたはずだ。キスされる前に俺を殴 ることも出来た。キスされた後に俺を殴ることも出来た。 でもヒバリはどれもしなかった。ただ奥底の見えない深い深い色をした目に俺を 映してた。 「――…なんのつもり?」 ヒバリが俺を見つめたまま問い掛けてきた。 言いながらヒバリは目を伏せて俺から顔を背けた。ヒバリの目の中の俺が消える 。 「ん?んー、してみたかったから」 「それだけ?」 「…そうだな。それだけかもしんねー」 「ふぅん…」 ヒバリがトンファーを構える素振りはない。正直ボコられるのを覚悟してた俺に は拍子抜けだ。まぁ殴られないにこしたことはねーけど。 殴らねぇのって聞いたらきっと殴られる気がする。だから言わない。 言わなかったら会話が途切れて部屋に沈黙が落ちた。 俺はヒバリを見つめてる。ヒバリは伏せ目がちにしたまま何処か違う所を見つめ てる。 「なぁ」 「なに」 「俺のファーストキスだったんだけどっつったらどう思う」 「君の何回目のキスだろうと、僕は君のこと馬鹿な奴だとしか思わないよ」 「マジかよ。それゃねーよ。結構勇気振り絞ったんだぜ」 「くだらないことに使われる勇気だね。君はなにがしたかったの」 「ヒバリにキス」 「だから馬鹿だって思われるんだよ」 「ヒデェなぁ」 じっと見つめてみても、ヒバリが何を思っているのか俺には分からない。 けど俺がヒバリにキスしたのは事実でヒバリが俺のキスを避けなかったのも事実 だ。 やっぱ調子乗ってもいいのかな。 「俺さ、ヒバリとなら二人ぼっちでも生きてける気ぃすんだ」 「そんなの嘘だよ」 「なんで」 「君の大好きな野球は君独りでは出来ないよ」 「ヒバリがいりゃキャッチボールは出来るぜ」 「するわけないだろう、僕が」 「ちぇっ」 さっきからヒバリと目が合わない。ヒバリの視線はずっと俺じゃないものを捉え てる。多分見るものなんてなんでもいいんだろうなと思う。俺でさえなければ。 「ヒバリ」 呼んでも振り向いてくれなかったから、自分からヒバリの顔覗き込んでまた口付 けてみた。 そうすればまた俺がヒバリの目に映った。 「本気なんだ」 そう言うとヒバリの目が少し細められた。こんなにも近くにいるのに、まるで何 処か遠いものを見るような目だった。 俺が口付けて、閉ざされてた唇が開く。 「それが嘘だって言ってるんだよ」 |