「ヒバリキョウヤ?」
渡された資料に書かれた文字を山本は読み上げる。それを受けて、広く厳かな机に向かっている沢田は一つ頷いた。
「その人が今回の調査対象。基本的なパーソナルデータから趣味思考、生活パターン、なんでもいいから調べて欲しいっていうのが今回の依頼で、山本に担当してもらいたい。ただ…」
そこで言葉を切った沢田に山本は目を向けた。視線の先、困ったように眉を下げる沢田が言いよどむ。一体どうしたのかと山本が思っていると、切れた言葉の続きをリボーンが紡いだ。
「そのヒバリって奴、ちっとも正体が掴めないんだが、それは掴んだら最後、消されるかららしいんだぞ」
「消さ…」
それはつまり、息の根を止められるとかそういうことなのだろうか。
添付写真を撮った奴ともその後連絡が取れなくなっていると言われ、山本はクリップで留められた写真を見た。少し丸みのあるフォルムの黒髪と、鋭い目が印象的だ。白と黒、混じり合わない色彩に、肩に止まっている鳥が彩りを添える。明らかに隠し撮りだと思われるそれを見て、山本はどうしたものかと考えた。



無理しなくていい、何よりも命を守ることを優先にして欲しい。沢田に言われた言葉を思い起こしながら、山本は街を歩く。
依頼なんて命に代えても達成する必要はないのだと沢田は言ったが、それでは探偵事務所ボンゴレの信用に関わることくらい山本にだって分かる。
猫探しや浮気調査、普段はそんなことをコツコツとやっているが、たまに入る大口の依頼もきっちりこなす幅の広さから探偵事務所として一目置かれる存在になっているのだ。沢田の片腕を自負する獄寺のようにそこまで実直に、命を投げ出してまで依頼を遂行する気もないが、軽々しく放棄するわけにもいかない。
そんなことを考えながら、山本はちらりときっちり5m前にいる写真の男、ヒバリに目を向けた。そもそも見つけ出すのも難しいと聞かされていたが、そこは山本の腕の見せ所だ。案外あっさりと見つかった。というよりも、ヒバリに隠れようという気がないように思われる。ごく普通にそこにいて、人混みに溶け込んでいる。
しかし彼のデータは一向に引っ張り出すことはできない。知ろうとすればするほど、謎が増えていく。不思議な存在だ。
ヒバリが曲がった角を曲がる。ゴツリと顎に当てられた感覚に足を止めた。
「何か言い残すことは?」
あったはずの5mの距離がなくなって、目の前でヒバリが笑う。先程までの気配とがらりと変わり、獲物を前にした肉食動物のような笑みだった。一応のポーズとして山本は小さく両手をあげてみせる。けれど口にした言葉は明らかに場違いなものだった。
「んー、今日の夕飯はカンパチでも食いたいなァ」
言いながら視線よりも少し下にある頭から彼の身長を推察する。
「そう。それじゃ」
安全装置は既に外されている銃が山本の顎に食い込む。それでも山本は顔色一つ変えないまま、思い出したように言った。
「あ、あと」
「命乞い? 無駄だよ」
「違う。あんた、写真より本物の方が可愛いのな」
殴られた。突きつけられていた銃で顎にアッパーを食らい、危うく舌を噛みそうになる。
「いったぁ…。ちょっ、あんまりなのなー」
「うるさい。目玉抉られなかっただけ感謝しなよ」
ピシャリと言い放つヒバリは不機嫌そうに目を細めている。山本がよろめいて二三歩下がったせいで距離はできたが銃は額に向けられていて先程とあまり状況は変わっていない。むしろ怒らせた分悪化しているかもしれない。絶体絶命だ。
「新手の命乞い? 斬新すぎて咬み殺したくなったよ」
「えー、よく言われねぇ? ヒバリの周りの奴の目は節穴なんじゃねぇ?」
「節穴なのは君の方だ」
引き金にかかった指に力が入る。その瞬間、山本は前傾気味に距離を詰めた。元からたいしてなかった距離は一瞬でゼロになり、山本は真っ直ぐにヒバリを見上げながら銃を握る手を押さえた、のだがすぐに右頬に衝撃を受け地面に叩きつけられていた。コンマ数秒の出来事だ。
「っつー…。なんだァ?」
素手の感触ではなかった。衝撃を受けた頬をさすりながら山本が振り返れば、ヒバリの手にはいつの間にかトンファーが握られていた。
「奇襲のつもりなら残念だったね。そんなんじゃ僕の命は取れないよ」
「いや俺ヒットマンじゃねーし」
「じゃあ探偵?」
「いやいやいや」
息を吐くように否定する。けれど明確に違うと言い切らないところに山本の逃げがにじみ出ていた。
「……」
地面に座り込んだままの山本を、ヒバリひしばらく見つめていたが、やがてその横にしゃがみ込むとパタパタとその胸板を叩きはじめた。抵抗は無意味だろう。二度の打撃にそれを学んだ山本は好きにさせた。
やがて目的のものに触れたのか、ヒバリは山本の胸ポケットから財布を取り出すと中を見て免許証と、会社の社員証を取り出した。財布は山本の身体に投げ捨ててくる。
「山本武…、へぇ、よくできた偽造社員証だね」
免許証は本物みたいだけどと笑うヒバリの目が笑っていない。
「嘘を吐いてこんなものまで用意して、どうせ探偵だろ。それも、そこそこ裏に通じてる」
ヒバリは興味をなくしたように二枚のカードも投げ捨てた。それを拾って財布に戻しながら、山本は立ち上がったヒバリを見上げた。
「君が誰に依頼されて僕のことを嗅ぎ回ってたのかなんてどうでもいいから聞かないけど、残念だったね、今回の依頼料はもらえないよ」
銃をしまいながら笑うヒバリの言葉の裏には、表にはできないものが隠れている。それを感じ取りながら、山本は立ち去ろうとするヒバリに声をかけた。
「ヒバリ!」
開いた距離の先、ヒバリの足が止まる。振り返ったヒバリに、山本も立ち上がって更に言葉を重ねた。
「俺、山本武。依頼とかそんなの関係なく、あんたのこと知りたいのな。だから」



一緒に寿司でもどうですか。