あの日の君が言ってくれた俺の好きなところを無くしてみたら、君はいったいどうするだろう。
「てめぇはそれでいいのかよ!」
その声はもう耐えられないと言わんばかりに絞り出された。それを受けて、山本はきょとんとその声の主である獄寺を見つめた。
「なにが?」
分からなかったから素直に聞いた。山本にとってはただそれだけだったのだが、獄寺は更に頭に血を上らせて机を叩いた。
「ヒバリにそんなこと言われて、てめぇはそれでいいのか、悔しくねぇのかって聞いてんだよ!!」
言われて山本はまたまた目を瞬かせ、そばで聞いていた綱吉は溜め息を吐いた。
今、3人が話題にしていた、というより山本が喋っていたのはノロケ話だ。先日、ヒバリに好きなところを聞いたら「ハンバーグを作ってくれるところ」だと言われたのだと頬を緩ませて語っていた。
それを急に断ち切ったのが獄寺だった。
「おまえなぁ、どうしようもねぇ野球バカだが、仮にも女子にギャーキャー言われたりしてるってのに、そんなてめぇの好きなところが、ハンバーグ作ってくれるところとか、そんな他の奴でもいいようなところ挙げられてはヘラヘラしてんじゃねぇって俺は言いたいんだよ!」
真意を告げられて、一拍間を開けた山本はそれでもやはりへらりと笑った。
「俺はひとつでもヒバリが俺のこと好きって思ってくれるだけで満足なのな」
とは言ったものの、確かにハンバーグを作ってくれる人なら他にもいるだろう。山本の脳裏にすぐさま思い浮かんだのは草壁だ。彼ならばヒバリの望みに応えるだろう。ディーノは自分では作らないだろうが、最高のハンバーグを出す店にヒバリを連れて行く位容易いに違いない。
考え始めると心に暗い影が差してくる。山本は昼間獄寺に言われた言葉を頭のなかで何度もぐるぐると回しながら台所に立つヒバリを見つめていた。
「できたよ」
振り向いたヒバリと目があった。自然な動作で立ち上がり、山本は戸棚から食器を出してヒバリに手渡した。
最近、ヒバリも料理をするようになった。周囲はあまり知らないが、最初から家事分担は山本とヒバリで6対4だ。ただヒバリが自分の分担を人を呼んでやらせてしまうので、山本が代わりに請け負うようになってしまったので山本がほとんど家事をやっている。
自分の役割をヒバリが自分で果たした日は涙が出そうになるほど嬉しかった。大袈裟だとヒバリは言うけれど、嬉しかったのだ。その日から少しずつ、ヒバリも自分で動くようになっている気はする。
もしかして、自分が喜んだのを喜んでくれたのかな、なんて思うと、また頬が緩んでしまう。
「どうしたの」
「なにが」
急に問われて山本はヒバリに目を向けた。ヒバリもじっと山本を見つめている。探るような眼差しをしていた。
「なんか変」
「別に、なんにもないのな」
山本の答えにヒバリは納得したのかしていないのか、それでもなにも言わずに焼いた魚を乗せたお皿を山本に手渡した。
今日の食事は和食だった。白米に味噌汁、焼き魚におひたしがある。なかなかに豪勢だ。
それを黙々と食べながら、山本はふと思いついた問いをヒバリに投げかけてみた。
「もしさぁ、明日からもうハンバーグ作らないっつったら、ヒバリどうする?」
ならもういいとこの家を出て行ってしまうのか、山本を見限ってしまうのか。それともそれでもいいと思ってくれるのか。
様々な返答パターンを予測しながら、山本はヒバリの返事を待った。
「もう作る気は、ないの?」
答えにならぬ問いかけに、山本は返事を急かすでもなくゆるりと答える。
「んー、もしもだけどよ。どうすんのかなぁって」
「どうするもなにも」
くだらないとばかりにヒバリは白米を口に含み、よく噛んでから飲み込んだ。焼き魚に箸を伸ばして、身を解しながら空っぽになった口を開く。
「君が作らないなら外で食べればいいよ」
それ以上にどうするのかと、答えながらヒバリは最後に問いをつけ足した。
どうするのか。別にどうもしないけれど。
考えていなかった答えと問い返しに、山本は少し目を瞬かせて味噌汁を啜った。少し薄い。
「前に、俺の好きなとこ、ハンバーグを作るとこっつってたから。作らないならどうすんのかなと思ってさ」
「…そんなこと言ったっけ」
「言った」
覚えてないなとさらっと言ったヒバリに照れ隠しの様子はない。喜怒楽は分かりやすいヒバリだけれど、それ以上の感情を露わにはしない質だ。山本が読みとれていないだけかもしれないが。
「出てくとか、言い出すかなぁって思ってた」
「なにそれ」
なんでそうなるのかと問われても、山本の脳なんではそうなったのだ。なんでもなにもない。
「僕は君がハンバーグを作る前に、此処で暮らすことを決めてたと思うけど」
馬鹿じゃないかと呆れられて、空になった食器を押しつけられた。今日の洗い物担当は山本だ。流しまで運んでくれてもよいとは思うが、山本は改めて提示された過去の出来事に目を瞬かせながら黙って自分の空いた食器にそれを重ねた。
ごちそうさまと満腹そうなヒバリを見つめる。床に腰を落ち着けて、出て行く様子は欠片もない。
ごく当たり前のようにヒバリが目の前に、一つ屋根の下で暮らしている。そんな現実を改めて実感して、山本は頬を綻ばせた。食器を持って席を立ち、振り返りながら笑顔で告げる。
「そうだヒバリ、梨もらったから後で食おうな」
(ならば結局、自分の何処が好きなのかは分からないままだけど。もうどうでもいい、こうしていられるのならば)