「ヒバリ、ヒバリ、これはどういうプレイなんだ?」
ガムテープでぐるぐるに縛られ、床に転がされた状態で山本はやけに遠くに感じるヒバリに訪ねた。山本の呼びかけに、山本に背を向けていたヒバリが振り向く。横たわる身体の傍らにしゃがみ込んで、ヒバリは綺麗に笑みを作った。その手には大分少なくなったガムテープがまだ握られている。
「これがプレイなんて。君は一体どういうお遊びをしてるのかな?」
「いやいや、これやったのヒバリじゃんか。どっちかってーとヒバリの趣味じゃねーの?」
「僕にこんな趣味はない」
笑みを消してピシャリと言い放ったあと、ヒバリはしばし沈黙してから再び笑みを作った。
「いや…、そうだね、遊ぼう。ごっこ遊びだ。僕は敵の親玉で、君はうっかり屋さんで敵に捕まって放置されている。頑張って抜け出してごらん」
とんだシチュエーションを提示されて山本は不満の声を上げた。どうせなら、もっと色気のある状況がいい。けれどヒバリが聞く耳を持たないので、山本は仕方なくその状況を受け入れた。
「…道具は」
「別に使ってもいいけど僕は用意しないよ」
せいぜい頑張ってと他人ごとのように言われて、どうしたものか山本は思考を巡らせた。布テープで粘着力がある。ちょっとやそっとじゃ破けそうにない。
考え込んだ山本の思考を、新たにガムテープが千切られる音が邪魔をした。山本が音源を見ればそこには短めのガムテープを持ったヒバリがいる。
笑いながら、彼は山本の胸倉を掴んで上体を起こさせた。
「手足が自由になったらどこにいっても構わないけど、このテープは剥がすなよ」
言いながらヒバリは山本の口を唇で塞ぎ、ついでテープで塞いでしまった。目を瞬かせている至近距離のまま、笑う。
「じゃあ、頑張って」
とんと軽く突き飛ばされ、それでもバランスを保てずに山本は床に倒れ込んだ。横になった視界の端、ヒバリが部屋から出て行くのが見えた。
芋虫のように身体をくねらせ、なんとか上体を起こした。両手は後ろ手に拘束され、その上腕も固定されている。足も膝と足首を丁寧に巻き上げてくれた。鼻は塞がれていないので唯一の呼吸穴から山本は深く息を吐いた。
そして考える。自分はなにかヒバリを怒らせるようなことをしただろうか。悲しいかな、心当たりはすぐに思い浮かんだ。たまたま体があいていたのでヒバリの仕事を代わりに請け負ったり、かと思えば忙しさの余りヒバリとのディナーの約束を反故してしまったり、上げればキリがない。
(でもどれも今更だよなぁ…うーん、やっぱヒバード用の水入れ割っちまったの怒ってんのかな)
先日割ってしまったガラスの器を思い浮かべて溜め息を吐く。代わりの物は買って返したけれど、お気に召さなかったのか。
そんなことをつらつら考えながら山本はどうにか拘束を外そうと人知れずもがいていた。
廊下を歩いている人の気配を感じる。ノック音が部屋を舞い、ヒバリはそれを黙殺した。背を向けているドアが開く。気配を殺そうともしないそれに気を配ることなく、ヒバリは手元の書類を捲った。
後頭部に硬質な物を押し付けられる。カチリと安全ロックが外される音がして、ヒバリは書類を閉じると薄く笑って振り向いた。
「案外早く抜け出したね」
「……」
見上げる先には銃を構えた山本がいた。ぐるぐるに巻いてやったガムテープは既に外されていたけれど、口元を覆うそれだけは未だ剥がされていない事にヒバリは口元だけの笑みを浮かべた。「気配は殺さない、撃つ気もない。まぁ銃を突きつけてきたのは面白いけど、つまらないな」
眉間に突きつけられたままの銃を手に取るヒバリに山本はあっさりと銃から手を離した。ヒバリが開けた銃創に、弾は込められていなかった。
己を見上げてくるヒバリに声をかけたいけれど、生憎山本の口は塞がれている。
これはいつまで付けていればいいんだという問いを込めて、山本は口元のガムテープを指先で示した。笑みを浮かべながら立ち上がったヒバリの指がガムテープ越しに唇をなぞる。
「いつもうるさい君も口を塞ぐと静かでいいね。ずっとそうしていたらどう?」
冗談じゃない。言いたくとも言葉は出ない。喉を潰された訳ではないので意味を持たない唸り声位は上げられるが、ヒバリはそれを望まないだろう。そう思い、山本は半ば意地のように無音を貫いていた。
ヒバリが部屋を出ようとしている。ガムテープを外す許可は下りていない。別にヒバリの命は絶対であるという関係ではないのだから簡単に外すことも出来るが、ヒバリの意図が読めない以上、山本はヒバリの言葉に従い、ヒバリの許可が欲しかった。
扉を開けたヒバリの肩に手をかける。振り向いたヒバリの無防備な唇に口づけをした。布テープ越しのキスはいつもと感覚がまるで違う。感じられたのはせいぜい弾力位なものだった。
至近距離で見つめ合う。山本は言葉を発しない。ただただヒバリを見つめれば、無表情で見つめ返してきていたヒバリが不意に笑った。
「まぁ、いいんじゃない」
ヒバリの指先が躊躇いもなくガムテープを剥がす。皮膚が引っ張られる感覚に山本はじわりと涙を浮かべたが、それを拭うよりも先に唇が重ねられた。
隔てるもののない口付けは深くなっていく。不意にある出来事が山本の頭をよぎった。
先日、パーティーがあった。マフィア関係者のもので、山本は有力なマフィアのご令嬢相手にこの世界にいるうちに自然と覚えた上辺だけの社交辞令を並べて場を繋いでいた。それをヒバリが本気にしたのか分からないけれど、そもそも聞いていたのかも分からないけれど、もしかして今回の行動の根元にあるのはそれかもしれない。嫉妬心と独占欲だろうか。可愛くていじらしいと思うのが惚れた欲目故でも、構いはしない。
唇を離して息をつけば、そのままの距離でヒバリは言った。
「なんか喋ってよ」
普段うるさいと言うくせに。ついさっき口を閉じたままで居たらいいと言ったくせに。
胸に湧いた言葉を飲み込んで、山本は笑いながら言った。
「俺、ヒバリのことすげぇ好きなのな」
(俺の声も言葉もあなたのために)