※ヒバリが子供です。5歳くらい。
※保護者が山本です。山ヒバ的都合により。一緒に暮らしています。
※山本は大学生くらい。
日曜日の百貨店の屋上は親子連れで溢れかえっていた。目の前の光景に山本は目を丸くし、ヒバリは山本と手を繋ぎながら眉を寄せ唇を尖らせる。ぎゅ、と無意識に山本の手を握る力が込められた。
「帰る」
ぽつりと呟かれた言葉は雑音に紛れながらも山本の耳に確かに届いていたが、山本は目を丸くしたまま少しヒバリを引き寄せた。ヒバリの足が一歩、山本に近寄った。
「うわすげぇ人だな。ヒバリー、はぐれんなよ」
「帰るって言ってんだけど」
「んなこと言うなよ。ヒバリだってボンゴレンジャー見たいだろ」
「別に、ボンゴレンジャーは…」
「でも跳ね馬ライダーは見たいだろ?」
「………」
山本の言葉にヒバリは一度口をつぐんだ。今日の混雑の理由は屋上で開催される戦隊もののショーだ。山本とヒバリもそれが目当てで訪れている。
客席は既に埋まっていて、若い女性や母親の姿が目立った。山本はなるべく舞台がよく見える位置に立ち、ヒバリを抱き上げる。小さな身体は軽々と持ち上がり、ヒバリの視線は一気に高くなった。
本来、5人で戦うレンジャーをヒバリは好まない。けれど後ろに仲間がいるものの、基本的に1人で戦う跳ね馬ライダーをヒバリは好んでいるようだった。
ヒバリがそれを口にだすことはないので真相は定かではないが、山本は毎週日曜朝8時に体育座りしてテレビに向かう後ろ姿が醸し出す空気でそれを敏感に察知していた。
今日のショーは特別ゲストで跳ね馬ライダーが出演するということで山本がヒバリを誘ったのだ。人混みでも文句を文句を言うのをやめた辺り、誘って良かったのだと思う。
ショーは跳ね馬ライダーの登場で最高に盛り上がって終わった。
「やー、楽しかったなぁ」
「そうだね」
朗らかに笑う山本の隣で素直に頷いたヒバリの小さな両手には、跳ね馬ライダーの相棒エンツィオのぬいぐるみがおさまっている。
顔と同じくらいのサイズである可愛らしいフォルムのそれを抱きしめているのを見下ろして、山本はヒバリに気付かれぬようにしながらそっと笑った。
周りには二人同様にショー帰りの親子がたくさん歩いていた。
「あ、なぁ本屋寄ってっていいか? 買いたい本あんだ」
「いいよ」
そうして二人は屋上と同じ階にある本屋に向かった。自分の本を探すために、山本の視線と意識がヒバリから離れる。それは決して長い時間ではなかったけれど、子供一人がその場から消えるには十分過ぎるものであった。
目的の本を見つけ、自分の横を見てあるはずの黒髪が見つけられなかった時、山本は目を瞬かせて呟いた。
「…ヒバリ?」
ヒバリは珍しく興奮していた。跳ね馬ライダーを見つけたのだ。サングラスをかけ、帽子も被っているけれどあれは跳ね馬ライダーだ。思った瞬間、後を追い掛けていた。長い足で前を行く彼を、子供の短い足を早く動かすことで懸命に追いつこうとする。
二人の距離が縮まったのは、跳ね馬ライダー役のディーノがエスカレーターに乗り立ち止まった時だった。ヒバリは動く階段を駆け降りて、エンツィオを抱きしめたまま目の前の上着を掴んだ。
「ん?」
引っ張られる感覚にディーノは振り向いた。知らない子供が自分の服を掴み、息をきらせながらじっと見上げているのに気がつく。その手にエンツィオのぬいぐるみがあることに気がついて少し顔を綻ばせた。
「お、いいもの持ってんじゃねーか」
「あなた」
「ん?」
「跳ね馬ライダー?」
今、周りに人はいない。階下まで辿りついて一度エスカレーターから離れるとディーノはサングラスを外し、しゃがみ込んで目線を合わせると言った。
「あぁ、そうだぜ」
「ヒバリー。ヒバリ何処だー?」
視線を下げながらいくら見回しても、黒くて丸い小さな頭は見つからない。このフロア中を見て回ったがヒバリの姿をとらえることは出来なかった。
「まいったな…」
眉を下げながら頬を掻く。悩んだ結果階下に行くことにした。十数分前、ヒバリが下って行ったエスカレーターで降りていく。
「恭弥、いたか?」
「…いないね」
「そっかー、困ったなー」
それと入れ違いになるようにヒバリとディーノは階上に来ていた。こんな子供が一人でいることを訝しんだディーノが親元に戻そうと連れて来たのだが、もう其処に山本の姿はない。
眉を下げるディーノに対し、ヒバリに焦燥や不安は浮かんでいなかった。必死に涙をこらえている様子もない。ただただ平然と山本がいるはずだった場所を眺めていた。
「迷子は基本的にその場から動いちゃいけねーんだ。親が迎えに来てくれるのをそこで待つのが一番なんだが」
「山本武は僕の親じゃない」
「あ、そっか。悪い悪い」
謝りながらディーノは自分がどうすべきか考えていた。自分の後を追って親、ではなく山本武とはぐれてしまったのなら自分にも責任がある。
そう考え、自分の手で責任を持ってヒバリを親元に帰そうと思っているのだがなかなか上手くいかないようだ。こんなとき、自分が本当に正義の味方で有能であればと心から思う。
ちらりとヒバリを見る。泣き出しそうにないのがせめてもの救いだ。エンツィオのぬいぐるみを手で弄んでいるヒバリを見ていたところ、ディーノの頭に一つの案が思い浮かんだ。
「そうだ! 放送してもらうか」
「放送?」
不思議そうに見上げてくるヒバリと視線を合わせながら、ディーノは名案が閃いたのだと言わんばかりのまばゆい笑顔でヒバリに説明をした。
「迷子になったことを店の人に言うんだ。そしたら、お店の人が恭弥は今ここにいますよーって皆に言ってくれる。そしたら山本もヒバリのいるところに来てくれんだろ」
「ふぅん。なんでそれ、最初に思いつかなかったの?」
「…痛いとこつくなよ」
苦く笑いながら、ディーノはヒバリの丸く柔らかい髪に触れて移動を促した。
数分後、全館にアナウンスが響き渡った。
『迷子のお知らせをします。並盛町からお越しの、雲雀恭弥君が8階並盛書店の前で山本武さまをお待ちです』
その放送を聞いたとき、山本は5階まで下っていた。慌てて8階まで登り、息を切らしながら本屋に駆け付けた山本が見たのは、ヒバリが見知らぬ大人に絡んでいる場面だった。
「なに、なんで僕が迷子なの。意味分かんない。迷子なのは山本武だよ。僕は迷子じゃない。放送し直してよ」
「まぁまぁ、落ちつけよ。分かった、そうだなヒバリは迷子じゃねーよな」
「だから早く迷子なのは山本武だって云い直してよ」
「何やってんだヒバリ」
今にも取ってかかりそうなヒバリに声をかければ4つの目が山本に向けられた。
すぐにぷいと背けられたのは黒い瞳で、困ったように細められていた金色の瞳は少しだけほっとした色を浮かべてみせた。
「よかったな、恭弥。お迎えが来たぜ」
「よくないよ。僕が迷子にされたままなんだけど」
「えっと、あの、すんません、ヒバリが迷惑かけました…? ってか、あれ、もしかして」
テレビの中でいつも見る顔が目の前にあることに山本は一瞬目を瞬かせたが、ディーノが人差し指を自身の唇に当ててみせたので山本はそれ以上は言わなかった。
代わりにまだむくれてみせているヒバリに声をかける。
「駄目だろー、勝手にいなくなったりして」
「いなくなったのは君も同じだろ。僕はちゃんと元の場所に戻ったよ」
「ヒバリを探しに行ってたんだよ」
「そんなの知らない」
「ったく」
反省の色を見せないヒバリに山本は諦めたようにそれ以上何かを言うことを諦めた。こうなってしまってはもう手の着けようがない。
しかし、それでも手を差し出せばヒバリは素直にその手に小さな手を伸ばした。しっかりと握りあって、山本は改めてディーノと向き合った。
「本当にすいませんでした」
「いやいや、その辺歩いてた俺も悪かったのかもしれねーし。なにより別に恭弥はぐずったりせずいい子だったしな」
ディーノはただ歩いていただけだ。本当は少しも非のないのだが、ある意味この事態に巻き込まれたことを少しも気にしてなどいないようだ。な、と笑顔で話題を振られ、ヒバリはじっとディーノを見上げたが反応らしい反応を返すことはなかった。
それをまた山本が嗜め、ヒバリが無視し、ディーノが苦笑する。
ひとしきり謝罪と礼を述べ、それじゃあと山本はヒバリの手を引きディーノと別れようとした。
「一つ良いこと教えてやるよ」
「?」
今までの人懐っこい無邪気な笑顔に少し悪戯な悪ガキのようなものを混ぜて、ディーノは山本の耳に唇を寄せた。潜めた声でそっと囁く。
「―――」
「………」
山本の目が少し丸くなり、なにかを問い掛けるようにディーノを見た。ディーノはその視線の意図に気づきながら、敢えてなにも語らず笑うだけだ。
「? なに?」
頭上を舞ったはずの言葉はヒバリの耳には届かず、ヒバリはじっと上を見つめてどちらにということなく問い掛けた。
ディーノの視線が下がる。子供っぽい笑みを作る唇で言葉を紡いだ。
「内緒」
「いい年して迷子になるとか、本当信じらんないね」
「はいはい、俺が悪かったのなー。もうはぐれないようにしっかり手を繋いどこうな」
「…なにニヤニヤしてんの」
「ん? んー」
ヒバリの言葉にも山本は笑みを崩さなかった。普段なら笑っていることの多い山本だが、今は嬉しくて嬉しくて仕方がないと言わんばかりだ。
「さっき、あの人なんて言ってたの」
「んー、内緒」
「………」
少し赤みを帯びた頬が拗ねたように膨らむ。山本はそれを突きたくなったけれど、身長差でそれを諦めてまた笑った。
代わりに指先に少しだけ力を込める。決してヒバリが痛がることがないように、愛おしむように優しく包み込む。握り返されることはなかったけれど、山本はそれでも構わなかった。
ディーノの言葉を反芻する。
『恭弥、俺とは手ェ繋がなかったんだぜ』
(君の無意識かもしれない行動がなにより嬉しいな)