「なぁヒバリ、ひとつ聞いていいか」
広くない室内で、互いが互いを見ないまま山本はそう切り出した。
声をかけた山本の視線は手元の野球雑誌、かけられたヒバリは草壁から渡された何かの書類を眺めていた。
「くだらないことだったら咬み殺すよ」
「ヒバリは俺の何処が好きだ?」
「うん、咬み殺そう」
「え、くだらなかった?」
「遺言はそれだけ? 誰に伝えたらいいのかな」
「俺の最期の言葉はヒバリ宛てが理想なのなー」
「分かった。じゃあ咬み殺す」
読んでいた本を閉じてヒバリは山本に目を向けた。口許には笑みが浮かんでおり、楽しげに目は細められている。
対して山本は小さく手を挙げて抵抗の意志がないことを示しながら他の言葉を紡いだ。
「じゃあ、俺が先にヒバリの好きなとこ言うのな。それなら答えてくれるか?」
「興味ないから聞きたくもないよ」
「ヒバリは照れ屋だかんなー」
「つまらない最期の言葉だね」
空を裂いて繰り出されたトンファーが山本の頭部を打つことはなかった。身を屈め、山本はヒバリとの距離を埋めることでそれを阻止した。
タックルするようにしてその身体を押し倒す。柔らかなベッドに座っていたヒバリの身体は痛むこともなく、覆いかぶさってきた山本を見上げた。
「何すんの」
「正当防衛なのな」
トンファーを奪う。抗う事なくそれはヒバリの手から離れた。最初から山本に危害を加える気はあまりなかったのだろう。とはいえ、山本がトンファーを避けなければ、それは今頃山本の脳を揺さぶっていたであろうが。
山本はヒバリを押し倒した状態のまま、少し尖らされた唇に触れるだけのキスを落とした。近距離で見つめ合う。ヒバリが口を開いた。
「…今、僕が君を殴っても正当防衛?」
「殴りたいか?」
「…別にいいや」
面倒くさい、と少し目を逸らされた。無防備な白い頬にまたキスを落とす。やはり嫌がるそぶりは見せなかった。
山本はそれを見て声もなく笑うと、ヒバリに影を落としていた身体を布団の空いたところに横たえた。二人分の重さでベッドが軋む。それはいつものことなので山本もヒバリも気に止めなかった。
穏やかな日差しが部屋に入り込む。山本が寝転んだことで舞い上がった埃がキラキラと光った。
鳥の鳴き声が響く。山本はヒバリに向けていた身体をよじると手を伸ばして少しだけ窓を開けた。すると数秒後には黄色い鳥が空を切って室内に飛び込んでくる。
しばらく滑空した。その様子を二人して見守った。愛くるしい小さな鳥はぱたぱたと羽ばたいてヒバリの黒髪におさまる。
山本はその鳥の軌跡を目で追い、それから少し視線を下げてヒバリを見遣った。ヒバリは頭の上の鳥を見るために視線をあげて上目遣いで、それを見て山本はまた少し笑って薄い身体を抱きしめた。
ヒバリの頭がゆるりと揺れて、慌てたように鳥が飛ぶ。
「何」
「なんか眠くなってきたな」
「そう」
「このまま昼寝しちまおうか」
「いいよ」
あっさりと頷かれて閉じられた瞼に口づければ、ほんの少し不満そうに眉を寄せられ睨まれた。
山本は苦笑してみせたけれど、それ以上不満を示されることなくヒバリの瞼は再び閉じられる。それを見届け、山本も目を閉じた。
再び山本が目を開けた時、室内は茜色に染まっていた。
目を瞬かせて、目の前の気配を見る。ヒバリはまだ眠っていた。
「ヒバリ、ヒバリ」
「…なに」
「もう夕方。寝過ぎたのな」
「………」
軽く揺さぶってやればヒバリはすぐに目を開いた。いつもよりぼんやりとした目を見つめながら言ってやれば、横向に寝ていたヒバリは少し身じろいで天井を見た。
白いそれが夕焼け色になっているのを認めて億劫そうに眉を寄せた。
「夕飯、どうすっかな」
寝そべったまま背筋を伸ばし、山本は一度弛緩すると勢いをつけて身体を起こ、そうとした。
「わっ」
ヒバリに腕を掴まれて勢いが殺される。自分よりも細い身体を押し潰しそうになって、反射的に腕をついた。小さな頭の真横であったが、黒髪の一筋も引っ張ることがなかったことに胸を撫で下ろす。
「危ないだろ」
「さっきの」
「ん?」
「さっきの質問の答え」
苦笑してヒバリを見下ろせば、ヒバリはじっと山本を見つめていた。
「質問?」
「君の何処が好きか」
「あぁ」
それか、と寝る前の記憶を呼び起こす。
今答える、とヒバリが言うので山本は改めてヒバリを見た。なんでもないような顔をして、ヒバリはさらりと口にした。
「ハンバーグ作ってくれるとこ」
「………」
目を瞬かせていると、夕飯、と袖を引かれる。
真っ黒な瞳で見上げられ、山本は表情を崩して頭を掻いた。
「よっしゃ、じゃあとりあえず買い物行かなくちゃな」
(胃袋を掴んだもの勝ちなんて、誰の言葉だったっけ?)