俺、山本武の人生設計。
中学を出たら野球が出来る学校に行くんだ。勉強はあんまり得意じゃねーから、そんなに頭いい学校じゃないところ。
野球が強いに越したことはないけど、別に弱くたっていい。今弱いならみんなで強くなりゃいい話なのな。俺も頑張る。
そんで甲子園行って、出るからにはやっぱ優勝するよな。で、高校生ドラフトでプロに行くんだ。大学には進まねぇ。勉強はそんなに好きじゃねーし、そんな気持ちなのに高い学費出してもらうのは申し訳ねぇもんな。
プロになったら狙うはもち新人賞。打率だってリーグ1位だ。
リーグ優勝して、日本一んなって、FA取ってメジャーに行きてェな。向こうでイチローみたいなでっかい記録打ち立てて、もちろん個人だけじゃなくチームでも世界一になんだ。
で、俺はやったぞーって思えたら引退して寿司の修業すんだ。寿司も生半可な気持ちじゃ極めらんねぇと思うから、野球をすっぱり終わらせてからやる。だから親父には長生きしてもらわねぇとな。しっかり指導してもらうぜ。
で、免許皆伝、寿司屋継いで、地域に愛される竹寿司になるんだ。ん? これはもうなってるってか親父がなるか。じゃあ俺はさらに多くの人に愛される竹寿司にする。やっぱ親父を超えてなんぼだもんな。
きっとこの間に結婚して子供もいる。男の子だったら一緒にキャッチボールしたいのな。野球選手になりてぇって言ってくれたら俺全力で応援する。
女の子だったら、正直どう扱ったらいいのかわかんねぇ。でもきっとすげぇ可愛くて大事にしたくなるのな。
俺が寿司を極める頃にはきっと孫とかも生まれてて、集まれば大家族だ。幸せそうに笑ってられりゃ万々歳だな。



(とか、思ってたのになー)
何処で違ったんだろう。俺はたまに昔描いた未来予想図をふとした瞬間思い出しては首を傾げる。
いつからか俺が握りしめるのはバットじゃなく刀になって、付き合う仲間も汗くさい泥まみれのチームメイトから少し乱暴で命懸けな奴らに変わってった。
『後悔、してんの?』
いつかヒバリに聞かれた言葉だ。
別にそうなったことを後悔してるわけじゃない。もちろん何かのせいにしたいわけでも。ヒバリには俺が後悔してるように見えたんだろうか。
否定した俺に、ヒバリはそれ以上何も言わなかったけれど。
「………」
俺はそっと手を伸ばして、指先で目の前のヒバリに触れる。すると長い睫毛が小さく揺れて、黒い瞳が現れた。
「…なに?」
普段とは違う、眠たそう声が可愛いと思う。獄寺辺りにゃ全力で否定されんだろうけどな。ツナはきっと困ったように苦笑する。でも俺は可愛いと思うわけだ。
「あ、ワリ。起こしちった?」
「…本当悪いよ。起こされた」
「ごめんな」
「………」
ヒバリは俺の言葉と指先に眉を寄せて、むずがるように枕に顔を押し付けた。その小さな動きで俺と同じ色の髪がさらりと揺れる。
俺は手を伸ばしてまた指先で触れた。絡んではすり抜けていくそれをただじっと見つめていた。
ヒバリのことを風紀委員長で不良の頂点という噂でしか知らなかった中坊の俺は、初めて応接室で会って蹴り飛ばされた俺は、こんな未来なんて夢にも思っていなかった。
こんな、こうしてヒバリと同じベッドで寝てる未来なんて。
ハダカの付き合いっていうか、今日は互いに服を着てっけど俺が弄ってる黒髪はまだ生乾きで少し湿ってる。俺の髪もそうだ。
さっき一緒に風呂入った。丹念に身体を洗ってやったら指使いがいやらしいってヒバリは言ったけど、殴られなかったな。きっともう眠かったんだろう。眠いときのヒバリはいつもよりさらにバイオレンスになるか、寛容になるかのどちらかだ。今日は後者だったらしい。どっちになっても俺にゃ可愛いんだけど、やっぱ痛いのは勘弁だよなー。容赦ねーんだもん、昔から。
『ヒバリは変わらねぇな』
いつかヒバリに言った言葉。
それを受けてヒバリは俺を真っすぐ見つめてきた。そして、ほんの少しだけ、笑ってみせた。変わらないなと言ったばかりだったのに、ヒバリが俺に見せたそれは、ただ楽しそうで余裕そうだった昔とは違う、哀しそうな笑みだった。
『君は変わったよ』
俺は何も言えなかった。否定の言葉も出なかった。
俺は何処に向かいたいんだろう。最近、また未来予想図を思い描こうとしている。
もうメジャーリーガーにはなれない、寿司屋の跡継ぎには、なれるんだろうか。生きるほど選択肢が消えていくという夢も希望もない言葉は、あながち嘘じゃないなと思う。
俺には、俺らには、どんな未来が待ってるんだろう。
一応明日をも知れぬ世界に足を踏み入れたもの同士、どうこうってわけにはいかねーんだろうけど。
今は、今を大事にすりゃいいのかな。
そう思って目の前の身体を抱きしめた。



あぁでも俺の人生設計最大の誤算が1つ。
「邪魔」
そう言って思いっきり肘うちくらう。
恋人同士ってのは、もっとまろやかで甘いもんだと心のどっかで思ってたのな。



(恋人の相手が命がけなんて昔のおれは知らなかったぜ