彼は、山本武は変わったと、雲雀恭弥は思う。
背が伸びてより男らしい体格になったとか、月日が促した変化が一番に目につくがヒバリが感じるのはそんなものではない。
内面的なものが、大きく変わったように思えた。野球少年だった頃から秘めていた、リボーンいわく殺し屋の素質だとかが全面に出てきたのだろう。
白球を追いかけながら浮かべていた弾けるような笑みはそれに包まれていつしか影を帯びた。
あぁ、しかしそれなら変わったことにならないのだろうか。
共同で受け持った一仕事を終えて少し前を歩く背中を見つめながら、ヒバリはそんなことをとりとめもなく考えていた。



昔、中学生の頃に頼まれて並中野球部の練習に付き合ったことがある。
夕暮れまでグラウンドにいて、最終的に立っていたのは山本武ただ一人だった。
一緒に帰ろうと追いかけてきたので放っておいたらついて来た。
『今日はありがとなー。俺ら絶対ェ勝つから』
『そんなの当たり前だよ。勝たなかったら咬み殺すから』
『ハハッ、伝えとくのな』
特別なにか会話することもなく、川辺を歩いた。
世界はもうもう白球を追えない暗さだったが、点々と存在する街灯が二人の道を照らしてくれていた。
不意に山本が口を開いた。
『空、こんくらいの色の空、俺好きなのなー』
その言葉を受けて山本に目を向ければ、山本が前方の空を見上げていたのでヒバリもそちらに目を向けた。
眼前に広がるのはすっかり夜色になった空だ。けれど闇に沈みきらない世界が空よりも暗い影となりコントラストを生み出している。
『………』
『なんか、よくね? この色のバランスっつーかなんつーかさ』
『別に』
そう切り捨てても特別気にした風もなく山本は笑っていた。
その横顔を見てヒバリは考える。
山本には青空の下が似合う。星空よりも澄み渡る青い空、制服よりもユニフォーム、刀よりもバッドの方がずっと似合うと思う。
それが客観的に山本を見たときのヒバリが抱いた考えだった。
じっと見つめ続けていると、視線に気づいた山本がヒバリに目を向け首を傾げた。
『どした?』
『なんでもないよ』
『そうかー?』
それ以上追及するでもなく、山本は空を見上げた。
『でもヒバリは青空が似合いそうなのなー』
『…なんで?』
それは君の方だろう。そう思ったがヒバリはそれを口にはしなかった。
『んー? だってヒバリは学ラン着てっだろー。夜になったら闇に紛れっちまう』
青空の下だったら黒がよく映えるから。
そう言われてヒバリはじっと山本の笑顔を見つめたが、やがてぷいと顔を逸らした。
少しだけ歩く速度を速める。山本を置き去りにするように歩いた。後ろから山本の呼び掛ける声がしたが無視をした。
山本も歩幅を大きくして後ろをついてきたが、ヒバリの前に出ることはなかった。



ヒバリが前を行けば、山本がそれを追い抜かすようなことはほとんどなかった。
だから、ヒバリが山本の背中を見ることも昔はなかったのだ。
前を歩く背中を見つめて、昔はどんな背中をしていたんだろう。そんなことを思った。
山本が足を止める。思わずヒバリも足を止めた。
「なー」
振り向いた山本は口元に笑みを浮かべていた。それはやはり昔のものとは違って、ヒバリは少しだけ胸が痛むのを感じた。
山本が空に目をやる。ヒバリもそちらに目を向けた。
「俺、こんな色の空好きなのなー」
なんか綺麗だよな。そう言って笑う表情は昔と同じものだった。
山本のその顔を見て、ゆっくりと口を開いた。
「変わらないね、君は」
山本が示した空は昔見た色とよく似ていた。



(いっそ何もかも全て変わってしまえばよかったのに)