倒れ伏した身体を、ヒバリは黙って見下ろしている。
荒い呼吸音と上下する背が生にしがみつく様子を示していた。ヒバリはただ黙ってそれを見下ろしている。
「…ヒ……、バ、リ…」
足元で掠れた声がした。ヒバリはなんの反応も返さない。肩が震えることも、息を飲むことも、視線がぶれることもなかった。
打ち捨てられたように投げ出されている砂埃で汚れた手がヒバリに向かって伸ばされた。それは震えていて、今にも地に堕ちそうなか弱さであったがそれでもヒバリにたどり着き、ヒバリの革靴に触れた。
「ヒバ…、リ…、ヒバ…」
血と泥に塗れた指先がヒバリの足を撫でる。ヒバリはただそれを見つめている。
けれど瞬きをひとつして、口を開いた。
「君は愚かだね、山本武」
そう呟いてトンファーを握る手に力を込める。
山本の手足は打ち付けてはあるけれど、打撲傷以上は与えていない。手足だけではない、胴だってただ殴り付けただけだ。骨は折っていない。
野球馬鹿である彼の腕を、腕を折っただけで屋上から飛び降りようとした彼の足を折って砕いてボロボロにしてやることくらい、ヒバリにはたやすいことだ。
ヒバリは両手にさらに力を込める。山本の触れていない方の足を少し引けば靴裏の砂利が音をたてた。
「救いようもない、馬鹿だ」
目障りだから消えろと何度も言ってやったのに、普通なら有り得ない数の忠告をしてやったのに。
――底抜けに明るい笑みを浮かべて視界から消えようとしなかった彼が全て悪いんだ――
トンファーを握る腕を静かに振り上げる。
『俺はヒバリが好きなのな』
「―――…」
脳裏に甦る言葉にヒバリは自分が殴り倒した相手を見下ろす瞳を一瞬だけ閉じた。何度も、不規則な間隔を開けて繰り返す。
『ヒバリは?ヒバリは俺のことどう思う?』
「僕は…」
薄く開いた唇から言葉が零れ落ちた。けれどその先は何かにつかえて止まってしまう。トンファーを握る手に無意識に力が篭る。
僕は。
もう一度呟いたとき、握りしめていたはずのトンファーが足元で音を立て転がった。
崩れ落ち膝をついたのはヒバリの方だった。



殴れても蹴り飛ばせても、ヒバリは山本を咬み殺せない。
たったそれだけのことが二人の現実で、それが全てだった。