学園祭が近くなり、学校内が活気づいている。 テンションに任せてはめを外す者が現れないようにと風紀委員が目を光らせていた。 生徒たちはその監視の目を意識しながらも、楽しそうに準備を進めている。 応接室の扉を叩く音を、ヒバリは書類から目を離さず黙殺した。 「失礼しまーす」 ヒバリの反応を待たずに開けられた扉に、ヒバリは少し眉を寄せる。 それは書類を読んでいるのを邪魔されたからか、それとも侵入者が望まれない人だったからか、その胸中はヒバリしか知らない。 対してそんな反応をされた侵入者山本は朗らかに笑った。 「どうよ?」 服を見せるように山本は腕を開いた。 今山本が着ているのは並中の制服ではない。羽織り、袴だ。おまけに足元は下駄ときている。 弾けんばかりに満面の笑みを浮かべる山本に対してヒバリはあからさまに面倒臭そうな顔をしてみせた。 「なにそれ」 「うちのクラス、学園祭の出し物のテーマが大正浪漫なのな。だから皆大正時代のカッコすんだ」 「へぇ。それは面白いね」 答えながら、ヒバリはまた書類に視線を落とす。 山本は笑顔を崩さずヒバリが座るソファーの脇にまで近付くと背もたれの部分に腰をかけた。 「だろ?因みに衣装はみんな自前なのな」 「そう。ご苦労様」 「体験貸し出し用に余分に作ってあるから、うちのクラス来たら着れるぜ。だから学祭始まったらうちに来るといいのな」 「…なんで?」 一瞬動きを止めたヒバリが顔をあげて問い掛ければ、山本はそんな質問をされるとは思っていなかったようでキョトンと酷く無防備な顔をした。 少し首を傾げ、それでも口許に笑みを浮かべながらその真意を口にする。 「だってこんなん着る機会多分そうないぜ」 「かもね」 「何事も経験だし、きっとヒバリは似合うのな。あ、学ランもあるからそっちも着れる…」 「知らないよそんなの」 「あぁそうだ、うちと風紀委員のコラボレーションで当日だけ風紀委員は大正期の学ラン着ればいいのな」 「君は並盛の伝統をなんだと思ってるの」 明らかに機嫌を損ねたようで、ヒバリの目つきが鋭くなる。 山本はほんの少し困ったような顔をして見せた。何もヒバリを怒らせたくて言葉を口にするわけではないのだが、 ヒバリはたまに思ってみなかったことで怒るので山本は未だにヒバリの地雷が何なのかよく把握できていなかった。 なんとかヒバリが暴れだすような事態は回避したい。 「別に並盛の伝統を軽んじてるとかそんなんじゃねーって」 「じゃあ何?」 「何って…。えーっと…」 「………」 言葉を探す山本にヒバリは黙ってトンファーを構えた。 「あ、や、ちょっ…。まぁ、そういうことでな!ヒバリ当日は何してる?」 「誤魔化す気?」 「そんなんじゃねーって」 「………」 ヒバリはしばらくそのままトンファーを構え山本を睨みつけていたが、やがて腕を下ろすとまたソファーに座り込んだ。 「…校内の見回り。見回りに行っていないときは此処にいるよ」 「じゃあ此処に迎えに来るのな」 「だから」 「んじゃな。俺準備に戻るから。また当日な〜」 返事を待たずに応接室を後にする。山本は弾む足取りで教室に戻った。 普段ならゴムがすれるような音がする廊下でカランコロンと軽やかな音を立てる。 「あ、山本。何処いってたんだよ?」 鼻歌交じりに戻ってきた山本を見とめた沢田が尋ねてくる。 「ちょっと野暮用でなー」 「?」 ご機嫌な山本に、沢田は首を傾げるだけで深く追求しなかった。 その結果学園祭当日、山本に連れられて教室にやってきたヒバリに、教室中の生徒が凍りつくことになる。 「ヒバリなら女子用のでも似合いそうなのな」 「噛み殺すよ」 「ごめんなさい」 |