『ハローハロー、聞こえてっかー?俺の声』
「…なんなの?」
電話口から聞こえてきた声にヒバリは電話を切ってしまおうかと本気で思ったが思い止まりそれだけ言った。
不機嫌さをそのまま音にしたような声にも、回線の向こうにいる山本はくつくつとおかしそうに笑った。
『あ、聞こえてた』
「用件は何。下らない用だったらもう二度と君からの着信はとらないから」
『あ、ちょい待ち。あるある、あっから大事な話。お仕事、ビジネスの話なのな』
「何」
『けどまぁその前に…』
「切るよ」
山本からの電話は何時だって9の雑談と1の用件で成り立っていた。電話だけではない、直接会っても交わす会話もそうでヒバリからすれば聞くに値しないくだらないものばかりだ。
「ヒバリ、愛してるぜ」
「あっそう」
「嬉しくねぇ?」
「ちっとも」
「手厳しいのなー」
そう笑う山本は少しもへこたれた様子がなく、ヒバリはそんな山本に気付かれぬよう小さく溜め息をついた。
もう10年近く事あるごとにそんなこと言われ、また聞かれ続けてきた。言っている本人もいい加減飽きないのだろうか。
そんなヒバリの胸中など気にもとめない山本はニッコリと笑うとさらに続けた。
「ちなみに俺はヒバリが愛してるって言ってくれたら嬉しいのな」
「知らないよそんなの」
「言ってやろうとか、そういう気は」
「ないね。なんで僕が君を喜ばせなきゃならないの」
「それもそうだ」
「………」
変なところ引っ込みが良くて、あっさりと引き下がった山本にヒバリは唇を尖らせた。



着信を告げる携帯にヒバリは苛立ちを隠さずに応じた。
「どういうつもり。僕の仕事取るなんて」
『あ、やっぱ怒ってる』
笑う山本の声にヒバリは苛立ちを深めた。
「質問に答えなよ。どういうつもり」
『だって電話かかってきたときヒバリ寝てたから』
「だから何、何、人の携帯とってんの。咬み殺すよ」
『折角の親切は受けとくもんだぜ』
「大きなお世話だよ。多分にね」
パンッと電話の向こうから聞こえてきた音に思わずぴたりと息を詰め気配を伺った。
おっと、などと軽そうな声がして走っているのか砂利を踏む音が早い。映画のなかのような銃の乱射音に明らかに緊迫した空気を感じて安全なこちら側まで警戒心が高まる。
「…君、今何してんの」
そう尋ねればあっさりとした口調で山本は答えた。
『ん、おまえが取ったって怒ってる仕事中』
一際大きな爆音にヒバリは反射的に電話を耳から離した。それからの静寂に、まだ繋がっている回線に向かって静かに尋ねた。
「生きてる?」
『おー、生きてる生きてる』
「…なんだ」
何故だか妙に残念そうな声が出て、それを感じ取ったらしい山本がぶつぶつと文句を並べた。それを右から左に聞き流していれば不意に真剣な声で名前を呼ばれて意識を引き戻された。
『ヒバリ』
「…なに」
『愛して』
「―――…」
愛してる、愛してると言われることに慣れすぎて、愛してるって言ってみて、と言われることにも慣れすぎて気付かなかった。
愛して欲しいと言われたことがないことに。
「………」
『…あ、』
また派手な銃撃が始まったと思えばぶつりと一方的に回線は断ち切られ、ツーツーと冷たい音だけが聞こえるようになった。
それを切り、ヒバリの目は遥か彼方に向けられる。
遠く獲物を狙う狩人の唇は普段なら吊り上がるけれど、今日ばかりはぎゅっと固く結ばれていて何処か拗ねているときのようだった。
そしてぽつりと呟いた。
「わかりづらいんだよ」



なんでいつも無駄話がそう多いのかな。なんて尋ねても帰ってくる答えはいつも同じ。会話したいから、なんて下らない理由は聞き飽きた。
あぁもう最初から素直にSOSだと言えばいいのに。
心のなかで山本への文句を目一杯並べながら、ヒバリは狩場へと足を向けた。






「君の「愛して」が僕に「助けて」と確かに聞こえた」