硬球と金属バットがぶつかり合う甲高い音がした。白球が空高く舞い上がるのを 、ヒバリはなにとなしに見つめていた。 「本当にすいません…!」 「まぁしゃーないって。こんなとこだしな」 申し訳なさそうに頭を下げる下級生に山本は仕方なさそうに笑ってみせた。 山本が打った球が柵を越え、草原に紛れてしまった。球拾いの下級生とともに行 方不明の一球を探していたのだが、ついぞ見つからないまま終わったのだった。 それからというもの部活が終わってから山本は球探しを続けている。それを知っ た下級生が今日、慌てて一緒になって探してくれている。 「ねーなぁ…」 「そうですね…」 生え茂る草を掻き分けて目的のものを捜す。 「何してんの」 「んー、球探し」 凛とした声の主を山本は振り向く事なくわかり、ごく自然に返事をしてから屈め ていた身体を伸ばし、振り向いた。 「よっ」 「ここは立入禁止だけど」 下級生の方は誰だかわからなかったらしく、その存在を目に入れて顔色を変えた 。そしてそのまま固まってしまっている。 「もう一度言うよ、ここは立入禁止だ。さっさと此処から出てけ」 下級生は山本にどうするかと目で問い掛けたが残念ながら山本はヒバリの方を見 ていた。 「ヒバリだって入ってんじゃんかよー」 「君らがいるからだよ」 そう言ってヒバリはすっかり緊張で固まってしまっている下級生の方にちらりと 視線を向けた。 つられて山本もそちらを見る。そしてその哀れな様子に思わず苦笑いを零した。 「怒られちまうから、今日はもう終わりにすっか。帰っていいぞー」 「今日だけじゃなくずっとだよ」 ヒバリが一言喋る度に下級生はびくびくとしながら、それでも懸命に言葉を紡い だ。 「せ、先輩は…」 「俺?俺もうちょっと探してくわ」 また明日、と笑う山本に頭を下げ、荷物を掴むと下級生は一目散に駆け出した。 二人はそれを見送り、ヒバリは山本に視線を戻した。笑みを作り、それでもまだ 静かに言葉を紡ぐ。 「追い出されるのが好みかい?それでも僕は構わないけど」 「いやいや勘弁してくださいよ先輩」 「こんなときだけ調子のいい言葉を並べるな」 ぴしゃりと言い放たれて、山本は笑いながらまた草を分け始める。ヒバリはただ それを見ていた。 少しずつ日が傾いていく。 「いつまで探す気?」 「とりあえず見つかるまでだな」 「とりあえずの意味分かってんの?」 「ははは」 会話中一度も視線が交わらない。ヒバリは山本を見つめているけれど、山本の姿 勢はずっと草の根に向けられている。 風が世界を撫でていき、草の葉が擦れ合う音が二人を包んだ。 「たかがボール1つだろ」 「ボールがなくちゃ野球が出来ないぜ」 だから大事、と相変わらずひたすらに白球を探しながら山本は言った。 「…ねーなぁ」 屈めていた腰を反らして、山本は呟く。ほんの少し、その言葉には諦めが混じり つつあった。小さなボールに比べてあまりにも広い草原をぼんやりと見つめる。 「もう終わり?」 「んー…、今日はな」 「もう次はないよ」 「マジかよ」 「ない」 立入禁止だから、と今日何度目かわからない言葉を言い放てば、山本はまた草の 海に視線を向けた。 「………」 溜息をついて山本は肩を落とした。そして少し離れたところに置いてあった荷物 を掴み、それを担ぎあげる。 「帰るわ」 そう言ってヒバリの横をすり抜けた山本の雰囲気は、バッターボックスに入ると きのような、緊張と興奮で張り詰めた空気とは程遠い。 「………」 ヒバリは何も言わない。ただ情けない足取りで遠ざかっていく背中を見つめ、そ れから先程まで山本が浸かっていた草原に目を移した。 野球をするうえで仲間は大事な存在だ。道具だってそうだ。消えたボールはカゴ のなか沢山あるもののたかが一つだった。だがだからといって蔑ろにしていいわ けじゃない。 無くした、けど他のがあるからいいか、なんて簡単に山本は言えなかった。 見つけられず諦めてしまった一つを、山本は他のボールを拾い上げながら思う。 「まだ暗い顔してるの」 かけられた声に顔をあげる。青空のした、真っ黒な学ランがやけに映えていた。 「随分と女々しい性格してんだね。カビが生えそう」 「…なんだ、そっちこそ随分と喧嘩腰じゃねーか」 部活中のため制服ではないし、風紀委員に怒られるようなことは何もしていない と山本はその場を離れようとした。 普段なら絡まれるのもヒバリなら大歓迎だが、生憎今は部活中だ。 恐らく山本を引き止めている相手がヒバリだと分かれば誰も無駄話をするなと怒 りはしないだろうが、山本自身野球をしたい。 「待ちなよ」 「?」 背中にかけられた声に山本は足を止めて振り返る。 視界に入り込んだ陰を反射的に受け止めた。 「拾ったけど、あげる。いらないから」 「は…?」 さっさと去っていくヒバリを山本はぽかんと見つめたが、受け取ったものに目を やる。無くしてしまった、硬式のボール。薄汚れた並中の文字に、山本は目を丸 くして顔を上げた。 穏やかな風に黒髪と学ランが揺れている。 「ヒバリ!」 山本の声にもヒバリの足は止まらない。それでも山本は続けて声を投げた。 「あっした!」 帽子を脱ぎ、深々と一礼する。上げた顔は晴々と輝いていて、笑みを殺さずに表 に出している。 くるりとヒバリに背を向けて走り出した。目に焼き付いた黒と対極の白いボール を空に投げる。逆光で黒く染まる球を見つめ、落ちてきたそれを掴んだ山本は指 先に力を込めた。 |