毒されてる。ヒバリにはそう思う瞬間が多々ある。
「………」
ベッドに寝そべりながらヒバリは部屋の掃除する山本を見つめていた。ごそごそ と何やら動いているのを気配で察して目を覚ましたばかりだった。
しばらく山本はそれに気づきもせずに作業を続けていたが、ふと手を止めて振り 返った。
「お、起きた?」
「…起こされた」
「ははっ、悪い悪い」
「………」
じとりと見てやっても山本はカラカラと笑い、ごみ箱のゴミ袋をしばり玄関に持 って行った。明日は燃えるゴミの日か、とヒバリは寝そべったままぼんやりと考 える。
一緒に暮らし始めてから、どれだけの月日が経っただろう。
大分変わってしまった、とヒバリは思う。それはお互いに言えることだ。
以前の彼は、山本はもっと視線に敏感だったハズだ。すぐに気づいて視線の元で あるヒバリを見た。山本がヒバリに視線を向ける頃にはもうヒバリは山本を見て はいなかったけれど。
いつの間にか山本がヒバリの視線に気づくまでに時間がかかるようになった。今 でも他のものの視線なら即座に察知してみせるのに。ヒバリの視線に、見られる ことに、山本は慣れてしまっている。
ヒバリだってそうだ。木葉が落ちる音でも目を覚ます程だったのに、山本が横で なにかをしていても全く気がつかなかった。最初は雑音が、他者の気配が気にな ってなかなか寝付けなかったのに。
「………」
ヒバリはなんとなく山本に向けていた目を閉じると、もそもそと身体を起こした 。大きなあくびをひとつしていると横に立った山本が手を伸ばしてくる。
「寝癖」
長い指が髪を撫でる。ぴょこんと跳ねた場所を緩やかな力で押さえ付けた。
「ついてる。顔洗って、直してこいよ」
「………」
寝起きの不機嫌そうな目を山本に向けながら、押さえられているところにヒバリ も手を伸ばした。
「いいよ。別に」
出掛ける予定もないし。そう言えば山本はおかしそうに笑った。なにがおかしい のかと目で問うヒバリに山本が答える様子はなく、ヒバリはどうでもよさそうに 洗面所に向かった。
鏡に映った自分の髪は山本に言われた通り、一房だけくるんと上に向かって跳ね ている。
「………」
いいとは言ったものの目にしてしまうと気になり、言うことを聞かない髪と戦っ ていたら洗面所から出た時にはベッドのシーツは外され、掛け布団も干されてい た。
山本のやることが早いのか、はたまたヒバリの寝癖が頑固だったのか。
少し見た目の変わっている室内にヒバリは少し唇を尖らせたが、山本は少し遅い 朝食の支度をしていて気づかなかった。



「いただきます」
「…いただきます」
ご飯にみそ汁、目玉焼きの朝食は山本の手製だ。
「醤油とってくんね?」
「ん」
「サンキュー」
時折そんなやりとりがありながらも黙々と食べていく。ヒバリは味付けについて 、賞賛もしなければ批判もしない。
山本もヒバリからそんな言葉は期待していないので別に構わなかった。
ただ、時折ヒバリは箸を止めたかと思うとその料理をお代わりしたりするし、逆 にやけに食べるペースを落としたりするので山本はそんなヒバリの様子を見なが ら彼の好みを把握している。
そんなひそかなリサーチはご機嫌とりに使ったりもするし、嫌いなものだとはわ かっているけれど食事のバランスを考えてなんとか工夫して出していたりもする 。
今の日常はそんな手探りを繰り返した結果で成り立っていた。
だからこそ、お互いらしくないなとヒバリは思う。
「ヒバリ、お代わり食う?」
「ん」
「はいよ」
差し出した茶碗には程ほどの量が盛られて返される。
「ありがとう」
「いえいえ」
簡潔なやりとりを積み重ねていく。
中学の頃の山本はヒバリのなかで野球なんて群れなくちゃ出来ないようなことを やって、いつも誰かといるイメージだったのに、いつの間にか独りでいるように なっていてヒバリの側に居着いていた。
ヒバリは何となしに山本を見つめた。せっせとまた部屋の片付けを始める山本は ヒバリの視線に気づいて問い掛けた。
「?何?」
「…なんか」
「ん?」
「君を噛み殺したくなってきた」
「うぉーっと」
ぽつりとなんでもないように呟いてみれば山本は怖がるフリをして笑った。
(…生意気…)
心のなかでそう言って、ヒバリは窓の淵にもたれた。



変わっていくことが不快じゃない。
きっとお互いが互いに与え合う毒で日々死んで、生まれ変わっている。
ただ今が愛おしい。