真夜中、物音が聞こえた気がして山本は目を覚ました。 泥棒かと気配を探るが、何も感じない。けれど確かに音がしたので、山本は体を 起こした。そして目を丸くする。 「な…」 「…なんだ、起きたの」 窓を開けて土足で入ってきたヒバリに、山本は目を瞬かせることしか出来なかっ た。 靴は脱いでもらって部屋の明かりをつけた。闇に慣れた瞳には眩し過ぎて、山本 は一度閉じた目を恐る恐る開けた。其処には確かにヒバリがいて、幻ではないと 知る。 「こんな時間にどしたんだよ。それも窓からなんて…」 もう深夜だ。時間が時間なだけに玄関から来られても困ってしまったろうが、窓 から来られてもやはり困る。 対してヒバリは平然と答えた。 「約束、果たしに来ただけだよ」 「約束?」 言われて山本は首を傾げた。はて、なんのことだろう。 そんな山本を気にすることもなくヒバリは持ってきていた袋を山本に突き付けた 。 「はい」 「? なんだこれ」 「だから、約束したものだって言ってんだろ」 渡された袋を覗き込む。いろいろと入っているが野球ボールなども見受けられる 。 「これ?」 「だから、約束」 「………」 話は数日前に遡る。 「もうすぐさ、クリスマスだな」 「それが?」 「なんでクリスマスまで学校ってあんだろうな」 応接室のカレンダーを見ながら山本は言う。12月24日、その日が並森中の終業式 だった。 「生憎、並森中はキリスト教の学校じゃないんだ。嫌なら転校でもすれば」 「え、キリスト教の学校ってクリスマス休みなのか?」 「知らないよ」 山本の方など見もせずにあしらうヒバリにも山本は気にせず、ふむと自分の頭の 中で他のことを考え始める。 しばらく沈黙が続いて、あることを思い付いた山本はまたヒバリに目を向けた。 「なぁ、クリスマスなんかくれよ」 「なんで僕が」 「じゃあ俺がジャンケンで勝ったら」 「…なにそれ」 「ヒバリが勝ったら俺がなんかやるからさー」 「別にいらないし」 特別興味を示さないヒバリを何とか説得し、山本がジャンケンで勝ったのだが、 ジャンケンに負けて自分の出したチョキを唇を尖らせて見つめているヒバリを見 ていたらプレゼントのことなどすっかり忘れていた。なんのためにジャンケンし たんだか、全くもって本末転倒だ。 「で、これ?」 「そう」 袋に無造作に入れられている品々はプレゼント用になどなっておらず、買ったま まだろう。 正直、プレゼントをかけたジャンケンを提案したものの本当にくれるとは思って いなかった。 ルールは破るくせに約束は守る律義さがアンバランスでなんだかおかしい。 別にわざわざ届けてくれなくても、今日学校で渡してくれれば良かったのに。今 日まで学校はあったのだから。 そう思ったが、ふと見たヒバリに山本は少し笑った。 「ヒバリ、なんかサンタさんみてーだなぁ」 いつも通り闇に溶ける学ラン姿は決してあの派手な赤い衣装とは似つかないし、 すらりとした体は絵にあるような恰幅とは程遠い。山本の家に煙突はないから窓 からだし、ソリなんかじゃなくきっとバイクで来たんだろう。 でも音がしなかった。何で来たのかな、と山本が考えようとした時に山本の言葉 にヒバリが不満そうな顔をした。 「なにそれ」 「ん、だって夜中にこうしてプレゼント持ってきてくれたんだろ」 袋いっぱいのプレゼントは本物のサンタなら一人一個。それを袋ごと全部くれる と言うのだから、なんだかまるで町中のプレゼントを独り占めしたような気分だ 。 ほがらかに笑う山本をヒバリはしばらく見つめていたが、じゃあねと腰を上げた 。 「あ、待てよ」 「…何」 「もうちょっといろよ。な?」 布団に座り込んでにっこりと笑いながら山本はヒバリを見上げる。そんな山本の 指先はヒバリの学ランをしっかりと掴んでいる。ヒバリはそんな山本を感情の見 えない黒い瞳に映した。 「お茶くらい、出すぜ。サンタさん」 「調子に乗らないでくれる」 そう言いながらも窓に伸ばした手を引っ込めて部屋にいてくれることに、山本は ヒバリに気付かれぬようそっと笑った。 お茶を出すと言ってしまった以上、出さなければならない。山本は階下で眠る父 親を起こさないように階段を下りた。 二人分の湯のみをお盆に乗せ、お茶を用意してまた階段を登る。 こうしているうちにあの気まぐれなサンタさんの気が変わって帰ってしまってい たらどうしよう。 そう思いながら戸を開ければ部屋にぽつんと黒い人。思わず頬が緩む。 「はい」 お盆を机に置き、湯のみを手渡せばヒバリは素直にそれを受け取った。両手で持 つのがなんだか微笑ましい。 時計を見れば深夜2時すぎ、今日中にこのサンタが町中の子供にプレゼントを配 るのはもう無理だろう。だったらサンタごと独り占めだ。 「何笑ってんの」 気持ち悪いと言われても山本は笑みを消さない。 これはもう最高のプレゼントだ。きっとこれ以上なんてない。 そう思いながら山本は佇んでいる学ランのサンタに手を伸ばした。 |