なんとなく廊下から見下ろした校舎裏で見つけた野球馬鹿をヒバリは普段なら気 にも止めなかっただろう。 だがそいつがあまりにも怪しい動作で辺りを見回していたのでヒバリはそれを見 過ごす訳にはいかなかった。 別にいなくなっていたら後で問い詰めればいい。そう思いながら向かった現場の 付近にまだそいつはいた。 「こんなところで何してるのかな」 そう後ろから声を掛ければあからさまに肩が震えた。それからぎこちない動作で 振り向き、笑う。ますます怪しくてヒバリも笑う。 「や、あの…」 「何してるの」 「何も?」 「ふうん」 信じてないと態度で示せば山本はごまかすように殊更笑った。 「ヒバリこそこんなとこで何してんだよー。此所にはよく来んのか?」 「質問してるのは僕だよ」 笑みを消してぴしゃりと言い放つ。山本は首をすくめてみせた。 「君は何を隠してるのかな」 「だから、なんもねーってば」 「学校に関係ないものは没収だよ」 「や、それは平気。野球道具以外持ってねーし」 「学校は勉強するところなんだけど」 「…ハイ」 本人は平静を装っているつもりなのだろうが、動作がやはりどこかおかしい。普 段ならもっと馬鹿笑いしてマイペースに応じるはずだろう。ヒバリは訝しげな目 を山本に向ける。その時だった。 「………にゃー…」 か細く聞こえた猫の声に二人の注意が引きつけられた。山本がぎくりと体を強張 らせる。 「ヒ、ヒバリ、もうあっち行こうぜ」 「ダメだよ」 身体でヒバリを押しやろうとする山本の腕を払い、ヒバリは奥に進む。其処で見 たのは、段ボール箱に入れられた、子犬と子猫だった。 「…何これ」 「っちゃー…。見つかっちまったか…」 山本は片手で顔を覆う。嘆くように天を仰ぎ、段ボールの側にしゃがみ込む。 「なんか捨てられててなー、拾ってやりてーけどうち飼えねーし」 「だから此所で飼ってたわけ」 「まぁそういうことなのな」 指先で山本は猫の喉を撫でた。犬も側に寄って来て構ってくれと尻尾を振る。 ヒバリはそんな一匹と二匹を見下ろしていた。 「そんなの、学校で飼っていいと思ってるの?」 「だって他に場所ねーんだもん。ヒバリこいつら飼ってくれるか?」 「嫌だよ」 「だろ?」 始めから期待してないと言わんばかりの態度に少しカチンとくる。山本の手から 離れた二匹は互いに戯れ始めた。 ごろごろと転がったり押し潰しあったり甘噛みしたりと楽しそうだ。 「犬と猫の癖に…」 ヒバリは呟く。もっと険悪な関係じゃないのかと言いたそうなヒバリに山本は笑 いながら言った。 「こいつら仲いいのなー。いつから一緒なのかわかんねーけど、しょっちゅうこ うしてじゃれあってんの」 「…本人達は殺し合ってるつもりかもよ」 「まさかなー」 不穏な発言もさらりと流す。これが山本だ。 「で、こいつらどうすんの」 山本はヒバリを見ずに尋ねる。ヒバリも山本を見ずに答えた。 「敷地内に置いておくわけないだろ。処置するよ」 「どんな?」 「飼わない君には関係ない」 そう言ってヒバリは携帯電話を取り出した。相手は副委員長なのだとヒバリの口 から零れた名前で山本は知った。 すぐに副委員長とその他の風紀委員がやってきて、段ボールごと子犬達は連れ去 られてしまった。 「…あーぁ…」 山本はそれを見送る。引き止めたりしなかった。ただ段ボールの行方を見つめて いた。 そんな山本をヒバリは見つめる。 「僕は君の、そういうとこが…」 「ん?」 「なんでもないよ」 ヒバリを見た山本からヒバリは目を逸らす。 いつまでもその場にいても仕方がないので、二人もその場を離れることにした。 「あいつらいい飼い主見つかるといいのなー」 「なんで飼い主?」 「だって探してくれるんじゃねーの?」 「知らない。僕は関わらないよ」 「副委員長ならなんか探してくれそうな気ィすんだよなー」 だから、見つかったか位は教えてくれよと言う山本にヒバリは、だから知らない と繰り返した。 ヒバリは先を歩く。山本はその後ろを付いて歩いた。 「二匹一緒に引き取られるといいな」 「しつこいな」 「あいつらほんと仲いいんだぜ」 「だから何」 「引き離したら可哀相だろ」 「じゃあ君が飼えばいい」 「無理だって」 「なら騒ぐな」 同情だけすることになんの意味があるだろう。哀れみだけで何もしないのはただ の偽善だろう。 連れ去られるのを引き止めもしないで、そういうところが嫌いなんだ。 ヒバリは胸中で呟く。口には出さない。こんなことを言えば山本はきっと少し目 を丸くして、それから「俺って愛されてる」と笑うのだろう。そんなのは嫌だっ た。 ヒバリの胸中など察しもせずに山本は後ろ姿に言葉を投げ掛ける。 「なぁヒバリー」 「何」 「犬と猫だってあんなに仲良くなれんだぜ」 「だから?」 「俺らももっと、仲良くなってもいいんじゃね?」 「…意味分かんないだけど」 「そか。意味わかんねーか。そっか」 山本は笑う。ヒバリは振り向かなかった。決して振り向かなかった。 すべての犬と猫が、あんな風に仲良くなれるだなんて決して思わないでよ。 |