鳴き声がした気がして、そちらに目を向けたヒバリの視線の先にいたのは黄色い 小鳥ではなく、大きい後輩だった。
「………」
音は続いている。ヒバリの視線に気付いた山本はその音を奏でるのをやめた。
「俺、うまくね?」
「君、紛らわしいよ」
「は?」
いきなり不機嫌さをぶつけられて山本は笑顔のまま首をかしげた。
そんな山本に構わずヒバリはぷいと顔を背けた。
山本はまた口笛を吹き始める。適当に吹いているだけのそれは旋律と言える程立 派なものではなく、それでも一度足りとも掠れることなく鳥がさえずるように奏 でられた。
「………」
ヒバリはしばらくその音色を何となしに聞き流していたが、ふいにその音がやん だ。視線だけ向けかけた時、また始まったのはよく知る曲で、ヒバリはまた視線 を逸らせ代わりに耳を傾けた。
不意に音が外れる。
「………」
「おっと、ずれちまった」
「…下手くそ」
「ははっ、ヒデェな。案外難しいのな、並中校歌の口笛って」
「ヘタクソ!ヘタクソ!」
「ん?」
いつの間にか窓にとまっていた黄色い小鳥の言葉に山本は苦笑いを浮かべた。
「んだよ〜。おまえ吹けんのか〜?」
「鳥と張り合わないでくれる。馬鹿みたいだよ」
「ヒバリまでそう言う…。…ヒバリ、口笛吹けるか?」
「…吹けようが吹けまいが、君には関係ないよ」
つんと返された言葉も山本は想定内だったらしく特別気を害すでもなく笑った。
「並中校歌とかさ、ヒバリならうまく吹けそうじゃね?お手本で吹いてくれよ」
「なんで僕が」
「だってヒバリ学校好きじゃん。な、吹いてくれよ」
「嫌だ」
「ケチ」
「追い出されたいの」
「いやそんなことは」
それ以上山本はゴネることもなく、ヒバリが暴力に訴え山本を追い出すこともな かった。
ヒバリの肩にとまる小鳥を見つめながら山本が言う。
「そいつヒバリの肩好きだな〜。とまりやすいのかもな、其処」
「知らないよ」
「喋ったり歌ったりすげーけど、そいつ普通に鳥みたく鳴いたことあるか?」
「知らない」
「鳴くんかな」
「興味ない」
「そか」
山本は小鳥に首を傾げてみせた。小鳥はそんな山本を見つめながら黙ってその場 に佇んでいる。
山本としてはもっと小鳥を構いたいのだが、小鳥はなかなかヒバリの側を離れな い。
二人は黙り込んでいる。 特別、同じ空間にいるだけで何をするでもない。ただ同じ時を同じ場所で共有す るだけ。感じているものが同じかなんて、どうでもいいことだ。
遠く、鳥の鳴き声がする。ヒバリの肩にいる小鳥のものではない。
姿を見てもわからないのだ。鳴き声を聞いて鳥の種類が分かるわけも無い山本は 「今の鳥、なんて種類だろうな」と呟いた。知らないと素っ気なく返される。
だよな、と山本もそれ以上尋ねない。それだけで会話が終わった。
また山本が口笛を吹き出した。しかし今度は時折掠れたりして消えていってしま う。
「あれ…?」
「…下手だね」
ヒバリは呟く。山本は一度首を傾げるとまた口笛を吹こうとしたが今度は奏でる ようなもの自体が出なかった。ひゅーひゅーと透き間風のような音が出るだけだ 。
「…本当下手くそだね、君」
「おっかしーなぁ…。吹ける時は吹けんだけどな」
「マグレじゃないの」
視線も向けられず無造作に投げ付けられる言葉に山本は苦笑する。
「さっきから手厳しいのな。ヒバリだって実際吹けるかわかんねーだろ〜」
「………」
ヒバリはちらりと山本を見たが、その唇は閉ざされたままだ。
山本もヒバリが売り言葉に買い言葉で口笛を吹いてくれるとは思っていないので 自分一人口笛の練習を始めた。
しかし今日はもうダメらしい。何度挑戦してももう最初のような音色は出なかっ た。
「…ダッメだなぁ…。っかしいな。吹けるはずなんだけどな」
「どうでもいいよ」
ヒバリの言葉にも山本は己の技量に首を傾げるばかりだ。
その時、不意に澄み切った音色が響いた。近い。ヒバリの方からだ。山本は思わ ずそちらを見る。
小鳥が、鳴いているのかと思った。だが小鳥はいつの間にかヒバリの指先に移っ ていた。
山本はまたヒバリを見る。
適当な旋律だったものが並中校歌を奏でる。ちらりと、ヒバリが山本を見た。小さく開かれ たその唇からその音が出ているのだと認識するまでしばしの時間を要した。
最後まで滑らかな演奏が終わるとまた横目で山本を見た。
「下手くそな君と、一緒にしないでくれる?」
そう言い放つとヒバリは席をたち、指先の小鳥を窓の外へ放した。
そうしてヒバリ自身も部屋から出て行く。
その後ろ姿を目で追っていた山本は足音すら聞こえなくなってからぽつりと呟い た。
「ヒバリって、鳥だったんだなぁ…」
だって、その口笛はあまりにも小鳥そのもので。
「あの鳥と仲良くなれるわけだ」
山本はもう一度口笛を吹こうと試みたが、やっぱり音は出なかった。