見ていたテレビがCMになった合間、山本は腰を上げ麦茶を取りに行った。
「ヒバリー、ヒバリも麦茶飲むかー?」
「飲むよ」
「はいよ」
コップに麦茶を注ぎこめば入れてあった氷がピキリと音を立てる。
戻ってきて山本は違和感に気付いた。
「………」
付けっ放しのテレビ、テーブルの上にはリモコン。床には放置されてる鞄にノー トパソコン。そよ風を起こす扇風機。そしてベッドの上には本を読んでいるヒバ リ。
一見何一つ変わっていないかのように見えるが気付かない山本ではなかった。
コップをテーブルに起き、座りながらヒバリに尋ねる。
「なぁ」
「なに」
「なんか、ちがくねぇ?」
「そうかな」
「そうだよ」
「何が違うって言うの」
「あのな、扇風機が違うのな」
「………」
山本の言葉にヒバリが本から視線をあげた。山本はじっとヒバリを見つめている 。扇風機の起こすそよ風に吹かれ揺れている黒髪を見ていた。
山本が席を立った時、扇風機の首は回っていた。山本にもヒバリにも風を送り続 けていた。
席を立った山本が振り向いた時、扇風機は風を起こしながらただじっとしていた 。ヒバリの方だけにそよ風を送り続けていた。
「よくわかったね」
「そりゃわかるだろ」
「ふぅん、僕が思うより目敏いんだ」
「目敏いって、なんかヤな言い方じゃね?」
「被害妄想だよ」
ついとヒバリはまた本に目を向ける。二人の会話の間も、そしてもちろん今も扇 風機はヒバリだけに向けられている。
風の届かない位置にいる山本は視線を外されてもヒバリを見つめていた。
「扇風機にずっと当たってんのって体に良くないって知らねーの?冷え過ぎるら しいぜ」
「だから?扇風機回してたって暑いんだよ」
「んな文句言うなよ。エアコンなんて入れたら絶対この部屋ブレーカー落ちるっ て」
「そもそもこの部屋にはエアコンなんてないだろ」
「そだな」
二人が黙り込めばテレビの声に紛れて蝉の声が聞こえた。
ばたりと山本は仰向けになり天井を仰いだ。
「あー、西瓜でも食いてーな〜」
「ないよそんなもの」
「知ってる」
「じゃあ言わないでよ」
「独り言」
「…もう君に返事なんかしない」
「え、ちょっ、そりゃねーよ」
慌てて身体を起こしてヒバリを見たがヒバリはすっかりへそを曲げ山本になど見 向きもしない。少し尖らせている唇が、ヒバリが拗ねていることを端的に示して いた。
「嘘。独り言ってのは嘘なのな。俺ヒバリに言ってた」
「嘘つきは嫌いだよ」
「ヒバリー…」
素っ気ない態度に山本が溜め息をついて机に頬を寄せた。
こうなってしまっては下手に下手に出たりするよりヒバリの機嫌が直るのを待っ た方がいい。
ちょっと拗ねただけだ。トンファーも出なかった。きっとすぐ直る。山本はそう 思い、とりあえずうなだれたまま視線をテレビに向けた。
ちらりと、ヒバリの視線が外に向く。もう日の落ちた窓の向こうは藍色をしてい た。
「………花火」
「んぁ?」
ヒバリの声に反応して山本が顔を起こす。顎はまだ机に乗せたままヒバリを見た 。
「今すぐ買って来たら嘘吐いたこと許してあげるよ」
「花火…?」
尋ね返してみたがヒバリはまだ返事をしてくれる気がないらしく、それきり黙り 込んで山本の方など気にもかけない。
それでも山本は部屋を出て近所のコンビニに出向いた。



空のバケツに花火とロウソクとを入れて二人は河原に向かう。
真っ暗な川にバケツを入れて水を張る。そして絶えず水の流れる音を聞きながら 山本はロウソクに火を灯した。
「もっとマシなロウソクはなかったの」
ヒバリはその頼りない光を見つめる。頼りないはずだ。それは本来ケーキの上に 立っているものでありこんなことに使われるものではない。
「しゃーねーじゃん。それしかなかったんだから」
「………」
最初の一本をとって山本は火に向けた。
移った火が遊び紙を燃やし、次の瞬間眩い光が辺りを照らした。
「うぉー点いた点いた」
言いながら闇に文字でも書くように花火を振り回した。
それを横目で見たヒバリは別の花火に手を灯す。
「振り回さないでよ」
「えー、だって花火は」
「振り回すな」
「…へーぃ」
点火する勢いで何度も消えてしまうロウソクは最早使う気もなくて、二人で代わ る代わる火を分け与えながら忙しなく花火を咲かせていけば呆気なく花火は底を ついた。
「あっという間なのな〜。二人だしと思ってデカいの買わなかったけど、もっと デカいの買えばよかったな。打ち上げとか入ってんの」
残った線香花火は山本ひとりでやっている。ヒバリはそれを見ているだけだ。
「何を今更」
「な。今更だな。カナリアとかさ、俺不発のしか見た事ねーんだ」
「それあっても君が持って君が火をつけなよ」
「え、せめてどっちかやってくれよ」
「君が見たいんだろ」
「ヒバリも見るだろ」
「別に見なくていい」
「つれねーなぁ」
そう言って山本が苦笑すれば、はぜている線香花火が揺れる。その様子を見てい たヒバリが口を開いた。
「…君が今何考えてるか当ててあげようか」
「ん?」
「そんなこと言ったって、僕がなんだかんだどっちかやってくれると思ってんだ ろ」
「ヒバリ、エスパー能力身につけたんか」
「君が単純すぎんだよ」
絶対手伝わないからと言い切ったヒバリに山本は新たな線香花火を手にしながら 笑う。
肩こそ震わせないもののニマニマと笑み続ける山本に、ヒバリは線香花火から目 を離し山本に目をやる。
「いつまで笑ってんの」
「や?なんかいいなって思ってよ」
「何が?」
「ヒバリが俺の考えてること、わかってくれんの」
そう言って身を乗り出し、正面にいたヒバリに口付ける。
最後の花が、落ちた。