「なぁなぁ、ヒバリの力でよ、理科室とか使えねぇかな」 応接室に入って来るなりのいきなりの言葉にヒバリはすっと山本を見つめた。 「なんで?使いたいなら僕に言わずに教師に言いなよ」 「言ったけど、ダメっつわれたのな。虎の威をかるような真似はしたくねーけど 、こりゃもうヒバリに頼むしかねぇと」 「嫌だよ」 「そう言わずに頼むぜ。理科室だめなら暗幕のある部屋でいいんだ。もしくは暗 幕借りらんねぇかな」 「…何に使うのそんなもの」 暗幕なんて日常生活を行う上で縁のないものだろう。それをヒバリに頼んでまで 使いたいという山本の意図が読めない。 「んー、そりゃ秘密。ヒバリに見せてぇもんなのに言っちまったらつまんねーだ ろ」 「………」 屈託のない笑みを浮かべる山本をヒバリはただ訝しげに見つめた。 後日、倉庫にある暗幕を持って応接室に来いというヒバリの言葉に従い、山本は 暗幕を抱えて応接室までやってきた。 いそいそと暗幕を吊るす山本の荷物が指定したものだけでないことにヒバリは気 がついた。 「何持ってきたの」 「ヒバリに見せてぇもん」 袋に入っていて中身は見えない。 ヒバリが何となくそれを見つめていると用意を終えた山本が完全に窓から差し込 む光を遮断した。 電灯が点いているとはいえ部屋の空気が何処となく暗くなる。 山本は鼻歌混じりに袋を拾いあげるとヒバリを見た。 「ちょっとあっち向いててくんね」 「なんで」 「なんでも」 楽しそうに笑う山本にヒバリは何処か釈然とさないものを感じながら素直に従い 顔を逸らした。 ガサガサと袋から何かが取り出される音がして、次いで軽い箱のようなものが置 かれる音がする。 気になるが牽制するように山本が言った。 「こっち見んなよ〜」 「見ないよ。早くして」 「ん。じゃ電気消すな」 「電気?」 そんなことしたら部屋が真っ暗になる。ヒバリが思わず山本の方を向こうとした 途端に明かりは落とされた。 暗幕と窓の隙間から僅かに覗く光だけが光源になる。 「…なんのつもり?」 暗闇に慣れていない目は山本の輪郭を捕らえることが出来ない。闇に向かって話 しかける。 「まぁまぁ。ほら」 カチっとスイッチの入る音がして、山本の手元から応接室の壁や天井に人工の星 空が映し出された。 山本は抱えていたプラネタリウムの装置を机に置く。 「どうよ?」 「………」 「商店街のクジで当ててさ。綺麗じゃね?」 ニコニコと愉快そうに笑みを絶やさない山本に、ヒバリは最初こそ少し驚いたよ うに目を見張っていたが、しばらく黙って部屋中の星を見回して、やがておもむ ろに口を開いた。 「僕に見せたいものって、これ?」 「そっ。あ、あれ俺の星座な。牡牛座。ヒバリ何座?」 「教える気は無いよ」 「ちぇっ」 少し唇を尖らせながら、山本は機嫌よく一面に広がりゆっくりと回る星々を見渡 していた。 そんな山本をヒバリは見つめた。 「…随分楽しそうだね」 「ん。プラネタリウムとか懐かしくね?昔は児童館とかで見たけど、もうしばら く見てねぇし。空見てもこんなに星見れねぇもんな」 「人工のものでよくそんな楽しめるね」 ヒバリの言葉に山本は少し目を瞬かせてヒバリを見た。 「………」 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見つめられて、ヒバリは少し眉を寄せて見つめ返 した。 そんな反応を返されるようなことを言った覚えは無い。 山本はしばらくそのままヒバリを見つめていたが、ぽんっと膝を叩いて言った。 「よしっ。じゃあ一緒に本物見に行こうぜ」 「は?」 「まっさかヒバリにデートの誘われるとは思わなかったな」 「君何言ってんの?」 「何時見に行くか。あ、今度の週末は晴れらしいぜ。前にツナと山で遭難した時 星すっげぇ綺麗だったから其処行こうな。夜の山はあぶねーから昼間行ってキャ ンプすっか」 「勝手に話を進めるなよ」 聞く耳を持たず話を進めた山本も、少し強くなったヒバリの口調に其処で一度止 まる。だが計画を白紙に戻す気はないらしい。 「じゃあヒバリは何処か星綺麗なとこ知ってんのか?」 「そもそも僕は君と星を見に行くと言った覚えもないよ」 「またまた〜。熱烈な誘い文句だったぜ」 「君は星を見に行く前に病院に行くべきだよ。それともいっそ君が星になる?」 「ハハッ。んで、一緒に星見に行ってくれんのか?」 「………」 沈黙が落ちる。 ヒバリは口を閉ざしたまま少し考えるように山本を見ている。 山本はヒバリの答えを黙って待っていた。 小さな装置が映し出す星は回り続けている。天井の中心にあった星が壁の真ん中 に移った頃ヒバリは目を逸らして口を開いた。 「行ってもいいよ」 「よっしゃ。決まりな」 また膝を叩いて山本は笑う。 「で、いつ?今週末?」 「おぅ、ヒバリ用事ねぇ?」 「今のところね」 「じゃあ入れんなよ。俺が予約入れたからな。忘れんなよ〜」 「忘れないよ。馬鹿にしてんの?」 「いやいやいや…」 山本は笑みを絶やさない。其処には楽しみで仕方がないという気持ちがありあり と見て取れる。 何をそんなに喜んでいるのかとヒバリは小さく溜め息をつき、星空を生み出すプ ラネタリウムに視線をやった。 「それ、もう止めたら」 「んー、そだな。止めるか」 山本は立上がり装置を抱えた。山本の影が壁一面に大きく広がる。 部屋の明かりのスイッチに手を伸ばそうとした時、ヒバリから制止の声がかかっ た。 「どした?」 「…やっぱりもうちょっと点けてよう」 「もっと見たい?でも週末には本物見に行くんだぜ」 「偽物には偽物の綺麗さがあるよ」 素っ気なくだが、今日初めてヒバリから綺麗という言葉をもらった。 山本は笑うとまたプラネタリウムを机に戻した。 ソファに座って天井を見上げる。 「綺麗だな」 「そうだね」 作り物の星は回る。 |