晴れたら何処かに出かけようという約束は 昨日した喧嘩のせいで ナシになっ てしまった。
そうして本当は出掛けるはずだった今日 二人 会話もせずに家にいる。



「………」
「………」
山本は床に、ヒバリはベッドに座り込んで互いに違うものに視線を向けていた。
山本は1週間前に買ったままだった野球雑誌、ヒバリはおととい図書館で借りて 来た本のなかの1冊。
もうお日様も上りきる時間になろうというのに今日朝から二人が紡いだ言葉は「 いただきます」と「ごちそうさま」だけ。
朝起きて、山本が食事をいつものように2人分作ればヒバリは黙って食卓につい た。そしてその際に一言「いただきます」。食べ終わって「ごちそうさま」。
山本が食器を流しに持っていき自分の分の洗い物をしようとしたらヒバリに後ろ からど突かれた。
思わずヒバリを見やればヒバリは素知らぬ顔で2人分の洗い物を始める。今日の 洗い物当番はヒバリだった。
会話がまるっきりないことを除けばまるでいつも通りの朝。
けれどやはり何処となく重たい空気が部屋に満ちていて、昼食時も同じような感 じで過ぎた。
(どうしたもんかなぁ…)
山本は小さく溜め息をつき、ヒバリの方に視線をやる。だが決してヒバリは見な い。ヒバリを視界に入れても、ヒバリを視界の中心に持ってこないのは単なるく だらない意地だと山本自身思った。
窓に寄り掛かっているヒバリの背後には真っ青な空が広がっていて、まるで四角 い窓に描かれた絵のようだった。
きっと外に出かけたら気持ちがいい。
そもそも今日は何処に行こうという約束ではなくて、気ままに自転車に二人乗り でもして着の身着のまま何処にでも行こうという約束だった。
今日はそうするのに絶好の天気だったとしかいう他ない。
そう思うと思わずまた溜め息がこぼれる。するとそれとバッチリのタイミングで 山本の携帯電話が着信を告げた。
「あ?」
光るサブディスプレイに『ツナ』の2文字を見てから通話を押した。
その際山本はヒバリに背を向けたのでヒバリがちらりと山本の背に視線を向けた ことに気付くことはなかった。
今日いい天気だから今からリボーンや獄寺と遊園地にでも行こうと思っているの だが一緒に行かないかという電話だった。
山本は一瞬だけ迷ったが、結局断って電話を切った。
声がなくなった部屋はまたしんと静まり返ってしまう。
そんな空気のまま、結局夕方になり青かった空は赤く染まってしまった。
夕飯の支度をしなくてはと思い付いたところで買い物にいかなければならないこ とに山本は気付いた。
(どうしよっかなぁ…)
山本は眉間にしわを寄せた。選択肢は3つ。
ひとつ。黙って一人買い物に行く。
ふたつ。ヒバリに声を掛けてから一人で買い物に行く。
みっつ。ヒバリに声を掛けて二人で買い物に行く。この際断られるかどうかは考えない。
「………」
少し考え込んだ山本が選んだのはみっつめの選択肢だった。
「ヒバリー」
今日はじめてのヒバリへの言葉だ。その言葉にヒバリは黙ってだいぶ読み終わっ ている小説から視線を離し山本に向けた。
「買い物行くけど、一緒に行かねぇ?」
「………」
食事の際の「いただきます」と「ごちそうさま」のように、まるで何ごともなか ったかのように声を掛ければヒバリはしばし黙り込んだまま山本を見つめて、ぽ つりと言った。
「行ってあげてもいいけど」



二人連れ立って暮れなずむ外に出ても会話はないままで、視線も合わさない。
結局このままの空気がスーパーまで続くのかと山本が思い始めた時、今度はヒバ リが口を開いた。
「行けばよかったのに」
「あ?」
「遊園地」
「…あぁ…って、なんで知ってんの?」
尋ねてから狭い部屋の静寂の中、電話での会話の声くらい聞こえてしまっていた かもしれないと思ったが、ヒバリは山本の問いに答えなかった。
代わりに他の言葉を口にした。
「出掛けたかったんでしょ。今日」
『今度の休みにさ、晴れたらどっか出かけねぇ?』
そう言い出したのは山本だった。いいよとヒバリが了解したから、嬉しくて毎日 のように約束を確かめ続けていた。
それがヒバリに今日という日に山本は出掛けたいのだと思わせたようだ。
「あー…」
「行けばよかったのに」
「………」
(あ、もしかして…)
唐突とも言えるツナからの電話は、ヒバリが関わっていたのかな。
山本はヒバリが本を読みながら時折携帯をいじっていたのを思い出す。珍しいな と思ったのだ。ヒバリはいつも、読書をしている時は本だけに集中しているから 。
もしかしてリボーンかツナにメールをしていたのか。俺を何処かに連れてってや れと。
都合のいい考えかもしれないけれど、あながち外れてはいないのではないかと山 本は思い、込み上げる嬉しさに頬を緩ませた。
「なぁヒバリー。何処に行くって、決めてなかったろ。今日」
「…?」
「目的地はスーパーになっただけで、出掛けてんじゃん。当初の予定とはちと変 わったけど」
「そんなの、普段と変わらないじゃないか」
ヒバリが普段一緒に買い物に付き合ってくれるかと言えばそんなことはないのだ が、ヒバリの言う通り珍しいことではないのも確かだ。
「いーじゃん別に」
山本は笑った。
「俺は、ヒバリと、どっか出掛けたかったの」
ヒバリがいないなら、遊園地も山も海も意味はない。
逆を言えばヒバリと行けるのなら、近くのスーパーだろうがコンビニだろうが何 処でもいい。
そう言い放てばヒバリは少し呆れたように笑った。
「安上がりな男だね、君って」
「幸せはプライスレスだろ」
「そう」
「手を繋げりゃ文句ナシなんだけどな。ちょっと繋いでみねぇ?」
「先帰ろうかな」
「すんません調子こいた。帰んねぇで下さい」
買い物を済ませてまた同じ道を辿る。
「ヒバリー、今度の休み、晴れたらどっか出掛けねぇ?」
「何処かって、君はいつも曖昧だね」
「その曖昧さがいいんじゃねーか」
「またスーパーになるかもよ」
「それでもかまわねぇから」 「………ヒマだったらね」



そうして晴れた次の休日。
自転車に二人乗りで着の身着のまま目的地も決めずに家を出た。
近所の猫が西を向いていたから。そんな理由で西を目指した。
今日はまだ 太陽は沈みそうにない。