「どうして僕が君の雪だるまを作ってる様を見てなくちゃいけないのかな」 真っ赤なマフラーで口許まで覆っているヒバリが憮然とした様子で目の前の山本 に問い掛けた。 山本はしゃがみ込んで降り積もり脇に除けられた雪の綺麗な部分だけをかき集め て丸めていた。 「ん?さぁなー。ヒバリも一緒に作るか?」 「嫌だよ」 「そか」 山本はアパートの陰でせっせと両手で包み込める程だった雪玉を大きくしていく。 ヒバリはそれを少し離れた日の当たるところで眺めていた。 昨夜から降り出した雪は珍しい程の積雪を記録し、朝起きたら一面銀世界が広が っていた。 その光景に目を輝かせた山本がヒバリに外に行こうと提案したのが3時間程前。 朝食を取り終えアパート前の雪かきに山本が駆り出されたのが1.5時間前。 戻ってきてからもヒバリを外に連れ出そうとする山本に、渋っていたヒバリが重 い腰を上げたのが10分程前。 ヒバリが部屋着のまま外に行こうとしたので山本は慌てて引き止め、ヒバリに上 着を着込ませマフラーを巻いてやった。 そうして二人外に出たはいいが外界は雪かきも済み、見るも無残に汚れた雪が道 路の脇に残るのみだ。 この場で雪合戦が出来る綺麗な雪もなければ部屋から見たような白銀の世界が広 がっているわけでもない。 近くの学校まで行けば雪もまだ豊富にあるだろうが、きっと子供たちが遊んでい るに違いない。昔の自分達のように。 山本はヒバリに尋ねた。 「学校行って、雪合戦でもすっか」 「君が一方的に的になってくれるならいいよ」 「それ合戦じゃねーって」 部屋に戻ると言い出したヒバリを引き止めながら、山本は思い付いた。 「雪だるま作ろうぜ」 きっぱりと断られ、山本は一人で雪だるまを作り始めた。手袋越しに雪に触れて いるためどんどん指先から冷えていく。 「ふぅー…」 それでもころころと転がした雪玉が山本の腰より少し下くらいまでの高さがある 大きさになった頃にはじわりと額に汗がにじんだ。そこで山本は一息つく。 頭上から声が降ってきた。 「まだやるの?」 動かないヒバリの体はいくら日向にいるとしても温まらない。そのためヒバリは 一度部屋に戻り紅茶を入れたマグカップを手にして、部屋の前の廊下から山本を 見下ろしていた。 「今度は頭作んなきゃだかんなー」 「ねぇ僕思ったんだけど」 「んー?」 「アパートの前にそんなもの作ったりして、邪魔になるんじゃないかな」 「………」 雪だるまの体を作り終え、満足感に満ちていた山本の表情が凍り付いた。 一日中日の当たらないアパートの北側にそびえ立つ雪だるまは周囲の雪が溶けて もしぶとく残り続けるだろう。 アパートの大家はおおらかな老婆で、山本やヒバリを孫のように扱う彼女はきっ と山本の雪だるまを邪険にはしないだろうが、この調子で頭も作ればアパートの 住民にとって邪魔になるという事実には変わりない。 「………」 「残念だったね」 「………もうちょっと早く言ってくれよ」 「君があんまりにも一生懸命作ってるから、話しかけづらかったんだよ」 僕もう戻るから、とヒバリはもたれていた欄干から体を起こし部屋に入った。 その背が扉の向こうに消えていくのを下から見届けてから、山本は考えた。 せっかくここまで作った雪だるまの胴体を日向に持って行き溶かしてしまうか、 頭まで作ってから壊すか。 悩んでいる山本の背後に、一つの人影が現れたことに山本は気付かなかった。 部屋で温まっていたヒバリは時計を見て山本がいつまでも戻ってこないことに気 がついた。 「………?」 次の瞬間、外から大きな声が扉をすり抜け入り込んで来た。 「ヒバリー!ちょっと出てこいよー!!」 「…うるさいよ。近所迷わ、く…」 眉をしかめ部屋着のまま廊下に出たヒバリの目に飛び込んで来たのは山本と同じ くらいの大きさで完成した雪だるまだった。 「…なにそれ」 「すげーだろ?」 「………」 誇らしげに胸を張る山本にヒバリは呆れ果て言葉もなく石の目、人参の鼻、ちゃ んとバケツを頭にかぶり木の枝の手を生やした雪だるまを見ていた。 ヒバリが見守っていた体用に作られた雪玉が頭に回され、山本の腰まであろうか という雪玉が体になっていた。 邪魔になるから作るのをやめろと言ったつもりだったのに、はっきり言わなきゃ 伝わらなかったのだろうか。 そう思ったヒバリに山本は笑顔で言った。 「大家さんがなー、作っていいってさー」 「…声がでかいよ」 山本によると1階の住民も雪だるま作りに協力してくれたらしい。 なんなのここの住人は。ヒバリがそんなことを考えていると作り終えた満足感に 満ちた表情で山本が階段を登り戻ってきた。 「ヒバリヒバリ」 「なに」 「じゃーん」 突き出されたものにヒバリは目をやった。山本の両手に乗っている、目も鼻もな い小さな雪だるま。 「部屋に置いとこうぜ」 「溶けちゃうよ」 「まー、そしたらそれはそれでしゃーねーよ」 山本は皿に雪だるまを乗せると携帯のカメラに納めて窓際に置いた。 そこまですると次は自分のことをし始める。 冷えきった手を温めようとお茶の準備を始めた。 「ヒバリー、湯、沸いてる?」 「ポットのがまだ温かいかもしれないけど、温め直せば」 「そか」 ヒバリの言葉に山本はポットからヤカンに湯を移していく。ヒバリはガスコンロ の火に当たりながらけたたましい音が鳴り響くのを待っている山本から視線を外 し、既にみぞれ状になった表面が光を反射して輝いている雪だるまに目をやった。 まだ大した時間が経ったわけでもないのにこの状態ではこの雪だるまの命もあと わずかだろう。 (太陽の下に置くなんて馬鹿じゃないの…) ヒバリはコタツから抜け出すと辺りを見回し、昨日たまたま新しいコップを開け たために落ちていた箱を拾い上げ、大きさを確認する。それからそれの一面をハ サミで切り取ると窓を開けた。 突然室内に舞い込んで来た冷気に山本が驚き声を上げた。 「さっむ!ヒバリ、なにして…。なにしてんだ?」 山本の声に構わずヒバリは窓の小さな欄干に積もっていた雪を掬うと溶けかかっ ている雪だるまにくっつけ補強し、切り落とした一面を下にした箱を欄干の雪の 上におくとそのなかに雪だるまを納めた。 そして何事もなかったかのように窓を閉めた。 「?」 「日陰に置いとかなきゃ、溶けちゃうでしょ」 「んで日陰に置いてくれたんだ」 「感謝してね」 「あぁ」 ヒバリが山本の雪だるまのために自分から進んで日差し避けを作ってくれた。 その事実がじわじわと山本に染み込んで、山本は笑みを浮かべた。 「ありがとな」 満面の笑みを浮かべる山本に、ヒバリが少し恥ずかしそうに目を逸らしたのを、 雪だるまは窓の外から見つめていた。 いつまでもニコニコしていた山本を、ヒバリがコタツのなかで蹴り飛ばすのも見 つめていた。 曇った窓ガラスの向こうを溶けるまでじっと見つめていた。 |