降り続いた雨が上がり、久しぶりに太陽の光が惜しみ無く降り注ぐ日だった。 ヒバリは青空を映していた目をノックもなしに部屋にはいってきた不届き者に向 けた。 その為らず者はヒバリの目に宿る険しさなど意にも介せず、ただただ無邪気に笑 った。 「今日さ、俺部活ねーんだ」 「…だから?」 「だから、」 一緒に帰りませんか? 何故僕はこんなところにいるんだろう。 ヒバリは駐輪場に立ちながらぼんやりと考えていた。 「うっし。んじゃ行くか」 「………」 其処に止められていた自転車の二重ロックを外し、鞄を前籠に放り込んだ山本が ヒバリに笑いかけた。 自転車を引く山本の隣りを歩いて、校門に向かう。 「バイクの方が早いのに」 そう呟いたヒバリに山本は声を上げて笑って言った。 「ヒバリ無免だろ〜?風紀委員たるものちゃんとルールは守んなきゃな。ってわ けで俺んチャリ乗って帰るんデス」 「ルールなんて、そんなの僕の知ったこっちゃないよ。大体自転車の二人乗りも 違反だったと思うけど」 「………」 指摘されて笑顔のまま黙り込んだ山本に、ヒバリは小さく溜め息をつくと山本の ママチャリの後ろに腰掛けた。 背中合わせで座り込む。背筋は丸めず山本の背に体重を掛けた。 「オイオイ、ここは正面向いて座るとこだろ〜。んで手ェ俺の腹に回してさ」 「文句あるなら降りるよ」 「ちぇっ」 残念そうに笑いながら、それでも山本はそれ以上文句は並べずにペダルをこいだ。 ゆっくりゆっくり、時折頼りなく揺れながら自転車は進む。 山本は喧しくヒバリに声を掛けることもなく、ただただ運転し続けている。 そんな山本にヒバリから話しかけることもなく、沈黙をまといながら確実に目的 地に近付いていく。 山本はヒバリが何処に住んでいるのか知らない。 ヒバリも教える気がないらしく、今この自転車はとある公園を目指して走ってい る。 その公園の脇には曲がり角があって、其処で山本とヒバリの家は方向が違ってし まうらしい。 触れ合っている背中が暖かい。そして夏の凶暴性をなくし始めた日差しは緩やか で、心が安らいでいくのを二人は感じていた。 沈黙は互いに苦ではない。だがその静寂を破ったのはヒバリの方だった。 「…君ってチャリ通だったっけ?」 ぽつりと、流れていく景色をぼんやり見つめていたヒバリは凭れている背に問い 掛けた。 「ん?いや、単にこの前の休日練のとき乗って来て、雨のせいで置きっぱにして たの。持って帰んなきゃだったからさ」 「そう」 「そっ」 また会話が途切れる。緩やかな坂道をスピードがつきすぎぬようブレーキを掛け ながら下った。 「俺も一つ聞いていいか〜?」 「…何?」 「なんで、一緒に帰ってくれてんの?」 「………」 そんなの僕が聞きたい。 ヒバリはそう思いながら伏せ目がちにしていた目を空に向けた。 輪郭がぼやけている太陽を隠すものは何もない。雲は空に溶けて、溶け残りがわ ずかに浮かぶだけだ。 染み込むように、空の青が目の奥の奥に焼き付いていく。 黒い学ランが熱を含み暖かい。 「…今日が晴れたからかな」 ただそれだけだよ。 そう呟いたヒバリに、山本は声もなく笑った。 「そっか」 「君こそ、なんで僕なんか誘ったの?」 いつも群れてる子たちと帰ればいいのに。 ヒバリの問い掛けに、山本も空を見上げて答えた。 「今日が、晴れたからだな」 「…ふぅん」 一緒にいる理由なんて、それくらい単純な方がいいのかもね。 |