ヒバリが俺じゃない他の誰かとどんなカタチであれ繋がってるのは嫌だ。
なんて、自分勝手とわかってるけど。



学校対抗のマフィアごっこが終わって、しばらく俺はヒバリに会っていなかった。
今日ヒバリが学校に来たって聞いたから俺は応接室に向かった。ドアを開けようとして、普段はドア越しでもひっそりとしてる室内になんだか人の気配がする。
もしかして委員会の奴等がいんのかも、そう思ったけど俺はドアを開けてみた。
そっと中を覗きこんでみる。思ったとおり、そこには学ランリーゼントの風紀委員が3名いた。けど、ヒバリの姿はなかった。
「委員会中っすか?」
ヒバリがいないし、委員もたった3人しかいないのだからそんなもの開いてないとわかってたけど、一斉にこちらを向いた風紀委員たちにそう尋ねてみたらますます睨まれた。
なんだおまえは。何の用だ。何しに来た。たったと立ち去れ。
そんな言葉を口々に言われるけど、俺は立ち去る気などない。だって俺が会いに来たのは風紀委員じゃなくてヒバリだから。まだヒバリに会ってない。
風紀委員たちは俺を強制排除しようとすごい剣幕でゆっくり近付いて来る。
どうすっかな。足一歩室内に入れてドアのところに突っ立ちながら俺は考えていた。
「ねぇ」
不意に後ろから掛かった声はこの場にいる人全員に聞こえたらしく、誰もがピタッと動きを止めた。
俺はゆっくり後ろを振り返る。
黒い髪が目に入る。少し視線を下ろせば俺を見つめてるヒバリと目が合った。なんか久しぶり。頬にはまだ絆創膏が残り、傷がちらり。痛々しい。
「そこに突っ立ってられると邪魔なんだけど」
「あー、ワリィ」
俺はさらに一歩室内に入って道を開ける。ヒバリはそんな俺を一瞥して室内に入ると、その場にいた風紀委員たちに視線をやった。
「用が済んだらさっさと出てってくれる」
風紀委員たちはビシッと背筋を伸ばし、バリバリ体育会系の部活みたいないい返事をすると、ヒバリに一礼して部屋から出ていった。
ぽつん、室内には俺とヒバリ。いきなり二人きり。今一瞬の喧騒が静寂を際立たせた。
ヒバリはソファに座ってから俺を見た。
「なんでまだいるの?」
「俺まだ用終わってねーし」
「君にはこんなとこ用ないだろ」
そう言うとヒバリはファイルを開いてそちらに視線を移した。
俺を追い出そうという気はないと判断して俺もローテーブルを挟んでヒバリの正面に座った。ヒバリは視線だけ俺に移した。けどそれは一瞬ですぐまた書類に戻してしまった。
「なんで居座るの」
「まだ俺の用は終わってねーから」
「何しに来たの」
「ヒバリに会いに」
「帰れ」
俺はずっとヒバリを見てるのにヒバリは俺を見ない。まぁそんなんいつものことだからいいんだけどさ。
俺の視線の先のヒバリは顔に絆創膏、手には包帯。骨も折れたって聞いてる。
「怪我もう平気なのか?」
「たいしたことないよ」
「そか」
視線をふとローテーブルに移したら、真ん中にポツンと置かれている携帯があった。
ストラップも何もついてない。まだ出たばっかの最新機種の携帯。
「これ誰の?」
俺はそれを拾いあげて見た。ヒバリの目がちらっとこちらを向いた。
「僕のだけど。勝手に触らないでくれる」
触らないでと言いながらヒバリは特別どうでもよさそうに書類を視線で撫でるだけ。
俺は触るなと言われた携帯を遠慮なく見つめた。CMでしか見たことない。まだ高いんじゃねーかなとか考えてた。
「ヒバリが携帯持ってんのって、なんか意外」
「君は僕をなんだと思ってるの」
「んー伝書鳩とか飛ばしたりしそう…」
「………」
「や、嘘。冗談。怒んないでセンパイ」
ヒバリが冷たい視線を送ってきたから俺は小さく両手をあげる。手にはまだ携帯を持ったままだ。ヒバリが睨むのをやめたから俺も手を下ろした。
そしてまた携帯を見る。
「ヒバリ番号教えてよ」
「嫌だよ」
「ケチ」
「ケチで結構」
なんか今日特に素っ気ねーな。単に久しぶりに会うから俺が感覚鈍ってんのか?
いや、素っ気ねーと思わねー方が鈍ってんのか。
「じゃあ俺の番号入れといてい?」
「好きにしたら。僕それ私的に使う気ないから」
「かけてくんねーってこと?」
「そういうことだね」
「んだよケチー」
「だからケチで結構」
でもとりあえず入れておくことにした。
偶然にもこの携帯は俺の携帯と同じ会社で、使い方も大差ない。アドレス帳を開けばずらり風紀委員たちのばっか。
そういえばさっきの奴等この携帯になんかしてたな。
「なーさっきの奴等は何しに来てたの?」
「携帯に番号入れに来たんだよ」
前の携帯壊れたから。ヒバリはそう言った。
あーなるほどこの人数自分で入れるのめんどくさいから自分で勝手に入れに来いと、そういうことですか。
俺はかしかし自分の番号を登録する。自動で表示されたナンバーはだいぶ後だった。どうしよっかな。一瞬迷って500にして登録した。俺が他の風紀委員たちに埋もれてしまうのはなんか嫌だった。まぁ名前順に表示されたらお終いだけど。でも山本より後ろの奴はそういねーか。
「………」
携帯をじっと見つめる。ヒバリの番号はプロフィール出せばすぐ分かるけどヒバリは俺に教えないっつった。だから俺は敢えてそこは見なかった。
「何時まで見てる気」
「なぁヒバリ」
「…何」
「風紀委員って全員ヒバリの番号知ってんの?」
「知ってるよ」
「ふーん…」
なんだろ。この携帯今すぐ窓からぶん投げたい。いやんなことしたらヒバリに殺されっからしないけど。
でもなんか口じゃ言えないモヤモヤが俺の中をぐるぐるしてる気がした。いや、この気持ちが何かなんてわかってる。
ずるい。そう思ったんだ。
ガキみてーだけど、風紀委員の奴等だけヒバリの番号知ってるなんてずるい。回線を通じて何処ででもヒバリの声が聞けるなんて羨ましすぎる。俺も聞きたい。
今この携帯は電源が入ってる。電波も良好。いつ鳴りだすかわからない。
「………」
俺は勝手にマナーモードに設定してから電源を押した。サイレントにした携帯は音を立てずに電源が切れた。
これで、風紀委員とヒバリを繋ぐものは切れた。
「ほい」
俺は携帯をローテーブルに戻した。ヒバリは携帯なんてどうでもいいようで見向きもしない。当然、電源を切ったことなんて気付きもしてないだろう。
俺は立上がりヒバリの隣りに立った。ヒバリはやっぱ一瞬こちらを向いただけですぐまた視線をそらした。
ソファに片膝乗せて視線の高さを揃える。
「ヒバリ」
「………なに」
ヒバリはやっぱ視線しかこちらに向けなかったから俺は傷に触らぬよう気をつけながら頬に手を寄せて唇を重ねた。


今だけでいいよ。俺とだけ繋がって。