なんか、感じた。



昨日から止まない雨のせいで校舎内も湿気て廊下がスケートリンクと化してた。
そのせいで部活も筋トレだけで終わって、俺は早々に雨の中ワンコインでお釣がくる税込み98円で買ったビニール傘をさして帰ることになった。
運動部ごとに対応は違うらしく、他の部活はまだやってるのか、それとももう帰ったのか。帰り道は俺しかいなかった。
視線を上げれば透明な傘だからどんよりとした雲がしっかり見えた。
雨は、野球が出来なくなるけど、嫌いじゃない。
「………」
俺は空を見ながらぼんやり応接室にいなかったヒバリのことを考えていた。
筋トレを終えて速攻で行ったらもういなかった。帰っちまったらしい。ガッカリだ。せっかく一緒に帰れるチャンスだったのに。
空を見て前を見てなかったら進行方向曲がってったらしく電柱にぶつかりそうになった。
傘が先にぶつかってくれたから俺は痛い思いしなくてすんだけど、ちょっと恥ずかしくて周りを見た。誰もいない。よかった。
少しホッとしながら俺は足を止めた。曲がり角に来ていた。俺の家は右。
「………」
だけど俺は左に進んだ。深い意味はなかったけど、遠回りだろうとそっちな気分だった。
無意識に俺の第六感が働いたのかもしれない。
雨の日、いつもと違う道。
よく知ってる道だけどなんだか心が弾んだ。ちょっとした探検気分。周りはみんな未知のもの(ホントはよく知ってっけど)。周りを見回して歩いてった。



だから、会えたんだ。



通り過ぎかけた公園をチラッと見た時、ぽつんと傘を見つけて俺は足を止めてすこしバックした。
傘が邪魔で、はっきりと誰か分かんなかった。だから俺はしばらくじっと見てた。傘の下から伸びて雨に打たれてる白い腕を見てた。
なんで分かったのか、俺にもよくわからない。でもわかった。
ヒバリだ。
そう思った時、俺は公園に入った。ゆっくり距離を縮めてった。この距離なら、絶対聞こえる。
「よ」
たった一言、一文字を後ろ姿に向かって放った。
俺の視線の先で傘が小さく揺れて、雨に打たれてた手が傘の中にしまわれて、ゆっくりと振り返る。
黒い瞳が俺を捕らえて、少し驚いたように見開かれた。
ヒバリはなんだかお化けでも見たような目で俺を見てる。
珍しい表情だと思った。ヒバリが驚いてるのなんて見たことないかもしれない。新しい表情。
「なにその顔。何してんの?」
俺は会えなかったヒバリに会えたことが、新しいヒバリの発見したことが嬉しくてとにかく話しかけた。
ヒバリはただ俺を見つめて動かない。俺が一歩足を進めたらちょっとだけ身を引いたけど、それだけだった。
俺は傘を支えているヒバリの揺れた片手をとった。
爪の色が色をなくして紫になっていて、とても冷たかった。
「うっわ。すっげー手ぇ冷てぇな」
暖めようとヒバリの手を握り締めたら、今まで何の反応もせず俺を見つめていたヒバリがいきなり俺の手を振り払った。
驚いてた顔からキツい睨み付けるようなものに変わる。ヒバリのどんな表情も俺は好きだけど、他の奴らは怖いんだって言ってた。こんなに可愛いのになぁ。まぁそれはいいんだけど。
「…なんでいるの」
低い声だった。
「ん?部活筋トレだけで終わったから」
「………」
ただ正直に事実を告げてもヒバリはただじっと俺を睨んでる。シワのよった眉間を指先で触りたくなったけど、んなことしたらきっと、いや絶対俺殺されんな。
あ、そうだ。あと。
「あとなんか、」
俺がここにいる大事な理由を俺は忘れていた。
「ヒバリに呼ばれた気がして」
そう告げた途端、飾り気のない本当のヒバリを見た気がした。
今俺の目の前にいるのが喜怒哀楽の彩りさえない本当にまっさらなヒバリな気がして。
いきなりそんな顔すんの反則だろ。
不意打ちを食らった俺はどうしたらいいかわかんなくて適当に言葉並べたりなんかした。
そしたらまた見る見るヒバリは不機嫌そうになっていく。
「呼んでないよ」
「あれ?じゃあテレパシー?」
「勝手に受信しないで」
そう言ってヒバリは俺に背を向けて歩き出した。
不機嫌そうに告げられたヒバリの言葉は俺にとって想定外のものだったので呆気にとられてその背中を追いかけることが出来なかった。
だってヒバリは今『受信しないで』って言った。それってつまり。
送信してたってことだろ?
「ヒバリ」
離れてく傘に声を掛ければピタッと止まった。
「ヒバリー」
もう一度呼んでみた。しばらく間が開いて、ヒバリは不満そうに唇を尖らせた表情のまま俺の方を向いた。
なんだか俺はものすごく幸せな気分だった。俺の勝手な解釈かもしれないけど、今はそれでもいい。
「良かったら、一緒に帰んね?」
断られる気はしなかった。根拠もない自信が俺にはあった。
ヒバリはしばらく悩んでいるのか、黙り込んだまま俺を睨み付けている。
俺の提案が瞬殺されないだけでも今日の俺やべーついてるラッキーデー。
しばらくして、ヒバリは閉ざしていた口を開いた。


「………今日だけだよ」


その一言が嬉しくて、俺は心から笑ってヒバリに駆け寄った。