放課後。応接室の開け放たれた窓、半分閉められたカーテンが風で小さく波打ち揺れる。そのカーテンが緩やかな日差しを遮り室内は薄暗い。
応接室にある少し大きな机。それとセットの椅子に座るセンパイの唇に俺は唇を重ねる。ただ唇同士が触れるだけの口付け。数えたら片手はおろか両手両足全部潰すくらいの数に上るが毎回いつも、ただ唇を押しつけるだけ。
そっと離れる。唇が離れる距離に比例して開かれる瞼、現れる真っ黒な瞳に俺が映ってる。
ヒバリは俺を一瞥してからこともなげに視線を逸らした。別に何ごともなかったように。俺はそんなヒバリをじっと見つめる。
そういえば最初キスした頃は殴られたっけとそんなこと唐突に思い出した。
「もう殴らねぇのな。俺の事」
少しからかうように言ってみればヒバリの瞳にまた俺が映る。少し薄い唇の端をつり上げて笑う。
「殴られたいなら殴ってあげるよ。何度でも」
「冗談」
物騒な物を突き付けられる前に笑って済ませる。廊下に響く笑い声が応接室にも舞い込んできた。それはすぐに掻き消えて、何も変わらないはずのこの室内の静寂が際立った。
俺はじっとヒバリを見つめる。ヒバリは俺の方じゃない何処かに視線を落ち着けている。
二人きりの沈黙を苦にしたことはないけれど、なんとなくヒバリの声が聞きたくて声を掛ける。
「なぁ」
「何」
ヒバリがこっちを見た。別に用件なんてない。だからなんでもないと言ってもよかったのだけど――そんなこと言ったらきっとヒバリはまた怒るんだろう――、俺の口からは無意識に別の言葉がこぼれ落ちた。
「ヒバリはなんで俺とキスすんの」
「君がしてくるからだろ」
ヒバリはまた視線をそらしながらどうでもよさそうに答える。
「じゃあなんでヒバリは俺がキスすんの許してくれんの」
「………」
しばしの沈黙。ほんの数秒の間に過ぎないのだけど、ヒバリの唇は薄く開いたまま何の言葉も発さなかった。言葉を選んでいるような気がした。初めて感じたヒバリのためらい。
ヒバリは瞬きをして、唇を閉じてからまた開いた。
「…めんどくさいからだよ」
「めんどくさい?」
俺が言われたままを繰り返して尋ねれば、ヒバリは俺を見て頷いた。俺の言葉を聞いて改めて自分の言葉に納得したようだ。
「そう。めんどくさいんだ。言っても殴っても蹴り飛ばしても、君はどうせ聞かないだろ」
そう言うヒバリの唇は俺を挑発するようにつり上がっていたけど、俺はちくりと胸が痛む気がした。
「まぁな」
「僕同じこと何度も言うの嫌いなんだ」
ちくり、ちくり。痛い、気がする。
だってヒバリが言い訳した。俺に向かって言い訳した。
自分自身をごまかすような、そんな言い訳を俺にした。そんな言い訳を俺が言わせた。
沈黙が落ちた。二人とも互いを見ない。
俺は下げていた視線をあげてヒバリを見て、口を開いた。ヒバリは何処かを見ていて、視線は交わらなかった。
「ヒバリは俺に、なんで俺がヒバリにキスすんのか聞かないのな」
「…興味ないからね」
素っ気ない言葉。返事するまでの一瞬に目が揺れてる。俺は見逃さない。
「これは、俺の独り言」
独り言だからか、ヒバリの返事はない。
「ヒバリは、ヒバリはさ…」
俺はヒバリから目を逸らした。ゆらゆら揺れているカーテンをなにとなしに見つめる。外からは笑い声が入り込んできた。


「ヒバリは、どんな気持ちで俺と、キスしてくれんのかなぁ…」
「そんなの…知らないよ」


独り言に対して返ってきた言葉に、俺は無意識に笑った。
「そっか」
その俺の笑顔を見たヒバリが少し顔を歪めたのを、俺は見ていなかったから気付かなかった。
そうして空回る感情。頼りなく揺れる。


言い訳されると胸が痛むのに、口を閉ざされると、俺の出口は塞がれる。
なぁヒバリ、にっちもさっちもいかない俺に、救いの手を差し延べてくれよ。




もしも其処に愛があるならば。