ふわり、流れ込んできた風はカーテンを揺らし、山本は頬を撫ぜられる感覚に目を覚ました。
「………」
遠く鳥の鳴き声が聞こえる。不規則に波打つカーテンの隙間からちらちらと差し込む光を山本は腕で遮り瞬きを繰り返しながら、纏わりつく既視感、それは決して不快なものではないのだけれど、その原因について寝起きの頭でぼんやりと思いを巡らせていた。
今この瞬間差し込むこの光は何かと重なる。何と重なる?
(あぁそうだ…)
答えに至った時、山本はそっと目を閉じた。


一緒に朝日を見に行こうと誘った時は露骨に面倒くさそうな顔をされた。どうやって説得したのかは今思い出すことは出来ないけれど、約束の朝、胸を弾ませながら街灯の下自転車をこいでいたのを覚えている。その気持ちはヒバリの姿を見つけた時最高潮に達したのだ。
「遅いよ」
会って最初にそう文句を言われた。自分はおはようと声を掛けたのに。
ヒバリを自転車の後ろに乗せて、そのときヒバリは背中合わせになる形で後ろに座ったから山本は文句を言った。
「それじゃ俺にしがみつけないじゃん」
「どうして僕が君にしがみつなきゃいけないの」
ヒバリは頑として前向きに座ってくれなくて少し残念だったけれど、少し冷たい空気を割き進んでいくなか触れ合っている背中が暖かくて心地よかった。
並盛で何処よりも綺麗な朝焼けが見られる場所を知った時、一緒に見たいと最初に思った人はヒバリだった。目的地に着いてからしばらくして、東の空が白ばみ始める。
「すげー綺麗だろ?」
そう山本は問い掛けてヒバリを見た。
ヒバリは真っ直ぐに光を見つめていた。緩やかな光がその横顔を染めていく。その景色はそこだけ世界から切り取られたようで、山本の十四年の人生の中で見たものの中で一番綺麗だと山本は思った。
ヒバリは朝日から目をそらさない。夕焼けのような赤い太陽がはっきり見えるわけでは無い。ただ見る見る闇は晴れていく。山本も夜明けの空に眼を向けた。
光に侵されていく空、色付いていく雲、目覚めていく町並み。あの時あの瞬間、二人は確かに同じものを見ていた。


山本は目を開けた。また瞬きを繰り返して今度は体を起こした。そして横で眠るヒバリを見た。ご丁寧に山本に背を向けているのはヒバリらしいと思い思わず苦笑が零れるが、山本が起き上がったために掛け布団がずれて晒された肩が寒そうだと思い布団をずりあげてやる。
身を乗り出して顔を覗き込む。目は閉ざされたまま開く気配は無い。
「………」
前髪を指先で弄ぶ。指先をそのまま額に滑らせて輪郭をなぞり顎を伝い親指で唇に触れる。少しかさついていたが、軽く押せば柔らかく押し返してくる。その弾力を山本は少し楽しんだ。
「ん……」
不意にみじろいだヒバリの髪がさらりと流れた。白いシーツに散らばる黒髪が綺麗だと山本は思う。ヒバリの薄く開いた唇から洩れた吐息が山本の指先をかすめた。ヒバリはまだ目覚めない。優しく揺れるカーテンの向こうに、あの日と同じ空の色が広がっている。
山本は自然と笑みが零れるのを、そして己の感情を自覚した。


どうしよう、すべてが愛しい。これはもう理屈じゃなくて。
どうしようもなく、彼が好きだ。


この時最大の恋をした。