山本武、ただいま年上の人、雲雀恭弥と同棲中。



それはふと思い付いた悪戯心だった。
『ヒバリは一人で暇を潰せるか』
普段山本がヒバリを引っ張りまわす形になっている。ヒバリ本人が本気でそれを嫌がっているわけではないのは山本が今まで無事に生き延びているので山本自身わかっているのだが、嫌そうな顔、めんどくさそうな顔をされるのは可愛らしいと思いつつ軽く傷つく。
そこで明日は休日。明日一日、ヒバリを構わないでいてみよう。山本はそう決意したのだった。



翌日。朝食を食べてテレビを見て。昼食を食べて雑誌を開いた。
今日は今のところヒバリと必要最低限の会話しかしていない。そのせいで午前中この部屋はテレビの音と、たまに山本の独り言、そしてごくまれに山本からヒバリへ番組の内容の意見を求める声が響くだけだった。
ちなみにベッドの上で寝そべりながら読書をしていたヒバリの返事は『僕テレビ見てないから』とそっけないものだった。
午後テレビを消してしまうと、本当に静かになってしまった。
山本はヒバリに背を向けたためヒバリの様子はわからないが、背後でなにやら動き出したのを感じた。
お、どうやら暇を持て余し始めたらしい。
「………」
背中に視線を感じる。けど無視無視。
ヒバリの機嫌は分かりやすい。普段なら機嫌が傾く前に構うのだが、今日は自分から構ってと言い出すまで構ってやらねぇぞと山本は心の中で決意する。
構ってやる、というのはちょっと語弊があると山本はふと思った。構ってあげてるわけでもない、自分も構いたいから構っているのであって、その点構わせてもらってると言ってもいいのかもしれない。乾いた紙の音が静かな部屋に響いた。
「ねぇ」
ついに暇を持て余しすぎたヒバリが声をかけてきた。山本は内心ほくそ笑むと極力声に出さないようにわざと素っ気なく返事をした。
「んー?」
「暇なんだけど」
「そー?」
「そう」
「そっか」
「うん」
ヒバリに声を掛けられた時点でもう読んでいない雑誌を捲る。
普段ならヒバリが暇だと言い出す前にちょっかいを出していたから、自分は随分ヒバリを甘やかしてたんだなぁと自覚する。
「ちょっと」
今度は少し言葉が強くなった。苛立ち始めていらっしゃる。山本はもうおかしくてたまらない。俺って意地悪だなぁと思いながらもやはり適当に返事する。
「んー?」
「僕の話聞いてる?」
「聞いてんよー」
ヒバリの言葉なら一言一句逃さず全身全霊で聞いている。
「じゃあ僕なんて言った?」
「暇なんだろー。ちゃんと聞いてる聞いてる」
相手にしてないだけで、と山本は心の中で付け足した。振り返らなくても分かる。きっと今ごろヒバリは唇を尖らせて不機嫌そうにしてる。
その表情が可愛くてたまにわざと怒らせてみたりするけれど、それだって命懸けだ。
なにやらヒバリが動き出した。もしかしたらへそを曲げてしまったのかもと思い、振り返って様子をうかがいたくなったがぐっと堪えて振り返らない。
次の瞬間後頭部に衝撃がきた。
「あだっ…!」
首にもろに衝撃が来て、山本は首を押さえた。衝撃に前に傾いた体を起こす前に、ヒバリに足蹴にされる。
「いだっ、痛いって。ヒバリ痛いっての。ヒバリさーん」
ヒバリは無言で蹴りつけてくる。やばい。焦らしすぎた。山本はそう思ったが後の祭り。ヒバリは本気ではないが、蹴ってるうちに楽しくなってきたのか段々蹴る力が増してきている。
山本が振り返れば、予想通り不機嫌そうな顔がそこにあって少しおかしかったけれど、蹴られた脇腹はツボにはいったらしく格別痛かった。
「だーから痛いっての。ヒーバリー。いーたーいー」
「………」
ヒバリは蹴るのを止めない。
「あーもう…。痛いってば」
自分を蹴って離れようとした足首を掴まえる。バタバタとヒバリは暴れたが離してなどやらない、また蹴られるから。
足癖の悪いお姫様の過激な愛を体で受け止めるとこっちはもうボロボロだ。
「ったくー…」
結局構っちまう俺ってへたれてるよなぁと思いながら、足を引っ張りあげてヒバリのバランスを崩すとその隙にヒバリを押し倒した。にらみ付けて来るその目が、ベッドに流れる黒髪が色っぽい。
「相手にしてもらえなくて寂しくなっちゃった?」
ここで『寂しくなっちゃった』、なんて殊勝なことを言うやつではないのはわかっているけど。
「馬鹿じゃないの。暇だっただけだよ」
やっぱり素っ気ないお返事で。
「夜はおねだり上手のくせに昼間誘うのは下手だなぁヒバリは」
「噛み殺すよ」
「いひゃいって」
太股を撫でて笑いながら言えば思いきり頬をつねられた。ついでに太股にまわしてた手もはたき落とされる。本当に容赦がない。
「で、お暇を持て余していらっしゃるヒバリさん。俺に何をお望みで?」
ここで誘い文句のひとつもあれば乗ってしまうのだが。
「…別に、何も」
ちょっと残念。
「なんもねーのに俺の読書タイム邪魔してきたわけ?」
「読書なんて、たかが雑誌読んでるだけのくせに高尚ぶらないでくれるかな」
「ヒバリいっつも難しい本読んでるもんな。あんなの俺5行で眠くなんよ」
午前中ヒバリが読んでた本だって山本には興味のかけらも湧かないものだった。今その本はベッドの下に無造作に置かれている。
「ただの野球バカだもんね君は」
「ひでぇ」
山本は苦笑するとヒバリの唇にキスを落とした。
自分の予想通りに行動してくれたヒバリが可愛くてたまらなくて間近で見つめあってまたキスをする。
「寂しがり屋なヒバリさん、今日は一緒に読書でもしてましょうか」
「それ僕の本だけど」
落ちていた本を拾いあげてヒバリを飛び越えて、空いているわずかなスペースに寝そべればそう言われた。ぱらぱらと捲れば小さな文字が並んでいる。この時点で眠くなりそうだ。
「いいじゃんちょっと貸してよ。俺の雑誌読んでいいから」
そう言えばヒバリは少し不満そうにしていたが、身を乗り出して雑誌を取った。起き上がって取りに行かないあたり、大概こいつも横着者だ。
「横着ものー」
「うるさいよ」
「ちょっ。角はやめろよ角は」
照れ隠しに手が出るのは慣れたがさすがに雑誌の角で殴られるのは勘弁。
本を読んでいるフリをして、興味もないだろう雑誌をそれでも目を通し始めるヒバリを抱き締める。腕にフィットするジャストサイズ。
「…読書するんじゃなかったの」
「読書するよ。でも抱き枕があった方が落ち着くし」
「さっきいたトコに戻りなよ」
別に嫌がっていないのが丸分かりだったので山本はそのまま腕を離さなかった。
抱き締めているヒバリは暖かくて、落ち着いて眠くなってくる。
本を支えるのも難しくなってきて、最後の力をふり絞ってヒバリに当たらない位置に腕を下ろす。
深く息を吸い込めば、少し癖のある髪からシャンプーの匂いがした。自分の髪も同じ匂いのはずだがヒバリからする匂いは特別な気がする。
ダメだ。眠い。
山本は眠気に耐えきれずに目を閉じた。



しばらくして目が覚めた。
寝る前は少し距離のあった黒髪が目の前に来ていて山本は視線を下げた。
背を向けていたヒバリがこちらを向いて、山本にくっつくようにして寝ている。
かつてない事態に山本は一瞬状況を把握し損ねたが、すぐに我に返り、心臓が倍速で鐘打つのを自覚した。
山本の胸に額を擦り付けるように寝ているヒバリはまだ起きそうにない。
物音を立てるな。自分に言い聞かす。ヒバリは昔ほど過敏に起きたりしなくなっていたが今だってすぐに目覚めてしまう。せっかくこのおいしいシチュエーションを逃すわけにはいかない。
すよすよと眠るヒバリの髪を弄ぶ。
結局ヒバリを起こしたのは、夕刊を届けにきた新聞配達のバイクの音だった。
夕飯の買い物に行くと言えば珍しく付いていくとヒバリは言う。
山本はカゴ持ちながら、山本の少し先でヒバリが食材を眺めているのを見て、「なんだか新婚さんみたいだな」と笑えば、ヒバリは足をとめて「馬鹿じゃないの」と冷たく笑った。