「うー…」
「オイオイ、大丈夫かぁ?」
「…大丈夫に見えるの?」
「見えねぇなぁ」
夜になっても、ヒバリは大好きな月夜のお散歩にもいかず、ぐったりと部屋で横になっていました。
ベッドではなく、床にゴザを引いて寝そべっているのです。顔をしかめて具合があまりよくなさそうです。
山本はそれを少し離れたところから心配そうに見つめています。何故側に寄らないのかと言うと、今の山本はヒバリに近寄れないからです。



ヒバリの異変は、気温が上がり蚊がわんさか活動するようになってから始まりました。
パチン。と蚊を潰した山本は手に付いた血を見て顔をしかめます。
「うっわ。刺されてたよ…。ヒバリどっか刺されてねぇ?」
「刺されてないよ。僕が蚊に刺されるわけないでしょ」
「え、そうなの?」
「そうだよ。僕の血なんて栄養に出来ないから」
「マジか」
ってことは吸われんのは俺だけかよー…と呟きながら、あまりの蚊の多さ、プーンという耳障りな羽音に、山本はついにブタさんの蚊取り線香を買って来たのでした。
「なにそれ」
見慣れないものにヒバリは興味津津で覗いて来ます。
「ん?これな、蚊取り線香っつーの。蚊をやっつける道具」
「ふーん」
山本は蚊取り線香の先端にガスコンロで火をつけます。
細く煙がたなびいてきます。
窓際に置かれたそれを、ヒバリはじっと見て、それから眠りについたのでした。



「…気持ち悪い」
目覚めたヒバリが呟きます。
「え?ど、どうした?!」
ヒバリの呟きに山本が慌てふためきます。ヒバリが体調を崩すなんてことはありませんでした。それに、吸血鬼の体調不良なんてどうしたらいいのかさっぱりわかりません。
「気持ち悪い…」
ヒバリはもう一度呟きます。
「オイ!しっかりしろって!」
「…あれ」
「あれ?」
ヒバリが頼りなく腕を持ち上げ指差す先を山本は目で辿りました。
ブタさん蚊取り線香。
其処にはそれが存在していました。
「あれ、消して」
「あ?」
「あれ、気持ち悪くなる…」
青ざめた顔でそういうヒバリを山本は目をぱちくりとさせて見つめます。
「………」
蚊取り線香は蚊を退治するために存在するわけでして、人間には、おそらく無害だと思われます。ペット等にも無害だと思われます。
…吸血鬼には?どうやら有害のようです。
「ヒバリ…もしかして」
「………?」
神妙に言葉を紡ぐ山本を、ヒバリは見やります。
「蚊と同レベ?」
次の瞬間、山本は頭から壁に突っ込むことになりました。
ヒバリは力の入らないからだで山本を思いきり殴り付けていたのです。弱っていても、馬鹿力。甘く見ちゃあいけません。



蚊取り線香が使えないとなると、蚊に対抗する術は虫除けスプレーくらいです。
山本は今度は虫除けスプレーを使ってみました。
ある程度距離をとっていないと、やはりヒバリには悪影響を及ぼすことが分かりました。
蚊取り線香もダメ。虫除けスプレーもダメ。このままではなす術もなく山本は蚊の餌食になるしかありません。
それは困るので部屋の外で虫除けスプレーを使い、ヒバリに極力近付かないことにしました。
山本、涙に暮れる日々です。だってヒバリに近寄れないのですから。
それでもすべてはヒバリのため。山本、我慢の日々が続きます。
そんなある日、もう手の打ちようがないことが起こりました。
「…だるい」
ヒバリがまたしても元気がありません。
蚊取り線香も使ってないし、虫除けスプレーを纏ったままヒバリに近付いてもいません。何故。
原因は、隣りの部屋にありました。
山本の部屋に、エアコンはありません。扇風機一台で夏を乗り切るつもりなのです。
窓は開けっ放し。締め切ってたら多分死にます。
そう、窓開けっ放し。それがいけなかったのでした。
隣りの部屋が使っている蚊取りが風に乗り山本の部屋にも入り込んでいるのです。
どうしたらいいんでしょう。まさか窓を閉めるわけにも、隣りの部屋の人に、「蚊取り使うのやめてください」とも言えません。困った。
うだうだごろごろしているヒバリを見て、山本は考えます。何かいい手はないものか。
ピンポーン。
「ん?」
突然鳴り響いた呼び鈴。
この音が転機の最初の一報を知らせるものになろうとは、まだ誰も知る由はないのでした。



「で、なんでうちに来るんだよ。しかもソイツまで連れて!」
不機嫌さをまるで隠さない獄寺に、ヒバリがムッとして口を開こうとしたのを山本がその口を自分の大きな手で塞いで獄寺に笑いかけます。
「いやー、アパートいられなくなっちまってよー」
雨漏れ等で修築が必要なアパートは一月使ってリフォームを行うのだそうだ。
工事の間、住人はどっか行っててくれといういい加減ブリ。
他の賃貸は手が出ない。
だから、ヒバリ共々しばらく泊めてくれ。
そう言った山本の手を思いきりつねりあげてヒバリは山本の手から逃げ出します。
「ざけんな」
獄寺が戸を閉めようとするのに山本が足を突っ込んでこじあけました。
「マジ頼むって。実家じゃガッコが遠いのわかってんだろ〜」
「だからって、なんでうちにくんだよ!絶対ェ嫌だ!」
閉めようとする獄寺となんとか泊めてもらいたい山本が扉一枚でギリギリの攻防戦を繰り広げます。
ヒバリは一歩離れたところでその様子を見守っていましたが、それにも飽きて周りをキョロキョロと見回します。
以前も来たことがありますが、あまり変わりはないようです。
また二人に目を向けます。相変わらず争っています。一人ぽつねんとしているヒバリ。
ほっとかれてる感から少し口を尖らせて山本に言いました。
「もう他行こうよ。僕、こんなところよりリボーンのところがいい」
「んなっ…!」
ヒバリの言葉に獄寺の注意がヒバリに向きます。その隙に山本はドアをこじあけて隙間に体を入れました。
そこまでしておいて、山本もヒバリを見ます。
「そうだな〜。獄寺がダメっつーならツナんとこしかないよな〜。でも俺ら押しかけたらツナん家も困るよな〜」
ちらり。獄寺に視線を送ります。
「くっ…」
前も、同じようなことがあった気がする。獄寺はそう思いながら拳に力を込めます。
「でもまぁ、他に道はねーもんな。ツナに頼み込んでくっか」
「リボーンと暮らせるの?」
「多分な〜。ってかヒバリ嬉しそうだな。俺ちょっと哀しいんだけど」
「おい待てコラ」
苛立ちの余り震える手で、獄寺は山本を引き止めました。



以前ヒバリが居た北側の部屋を借りることになりました。
「相変わらず煙草臭いね。僕こんなところ嫌だよ」
「うっせー。文句あんなら出てけ」
今度はツナの頼みではないので遠慮なく言い放てます。
「うん。リボーンのところ行く」
ためらいなくUターンするヒバリの襟首を山本が掴んで引き止めました。
「うわー。こんな部屋にまでエアコンついてる。ヒバリ、涼しいぞこの部屋」
首根っこを掴んだまま山本はヒバリに笑いかけます。
ヒバリは特に抵抗もせず、山本の土手っ腹に済まし顔で肘うちを食らわせると言葉を紡ぎます。
「本当?でも狭いよこの部屋」
今度は家出中なわけでもないヒバリもガンガン文句をつけてきます。
「だから文句あるなら出てけっつってんだ!」
家主の苛立ちは募る一方。
「あ、ヒバリの飯冷凍庫入れとかねーと」
「僕喉かわいた」
「獄寺、ヒバリが喉かわいたって。なんかジュースあっか?果汁100%の」
「うるせー!」
前途多難です。



しかし、獄寺の本当の苦難はそんなものではなかったのです。



朝から獄寺は不機嫌度MAXで食卓に付いていました。
『獄寺起きろー。朝ー、朝だぞー。朝飯作ったから、冷めちまうぞー』
そんな山本の声に起こされて、さわやかとは程遠い表情をしています。
山本が作った朝食の並ぶ机の向こう側に、こっくりこっくり舟を漕いでいるヒバリがいます。
「ったく、なんで朝からこいつの顔見なきゃなんねーんだ」
ぼそりと呟いた声に、ヒバリがパチッと目を開けました。それでもまだ眠いのでしょう。鋭い目付きで獄寺を睨みます。
「なんか言った?」
「てめーになんか何も言ってねーよ」
「そう」
「ほい。ヒバリのメシ」
台所から出てきた山本が輸血パックをヒバリに渡します。
「んじゃ、いただきます」
山本が料理に箸をつけ食べ始めても、獄寺はげんなりとした様子でヒバリが輸血パックからチュウチュウ飲んでいるのを見つめていました。
「山本オメー…、よくこんなんの横で飯食ってられんな」
『こんなん』呼ばわりされてムッとしたヒバリが獄寺を睨み付けます。
山本はきょとんとして獄寺を見つめました。
「あ?なんで?」
「なんでって、すぐ真横で人間の血ぃ飲んでんだぞ?信じらんねぇ…」
口の中に血の味が広がる気がして、獄寺はうぇー…と顔を逸らしました。
獄寺の言葉に、山本とヒバリはどちらからともなく視線を向けて見つめあいます。
二人とも目をぱちぱちとさせて、山本はヒバリが口にしている輸血パックをじっと見ました。
「んー、別になんてことねぇなー。気にしたことなかった」
「有り得ねぇっつの。俺飯いらねぇ」
「あ、おい獄寺」
獄寺は寝室に戻ってしまいました。
山本は獄寺の後ろ姿を見つめていましたが、ヒバリは輸血パックを飲み終えてちゃっかり獄寺が箸をつけていない朝食に手を伸ばしていました。もっふもっふ食べ始めます。ヒバリは人間の食事が嫌いではないのです。
ただ普段は山本が貧乏学生のため、食費節約でヒバリは人間の食事はとらないのですが、此処での食事は獄寺も金を出しているので遠慮なく食べます。
「別になんてことねぇよなぁ?なぁヒバリ」
「知らない」
「…うまい?」
「まぁまぁかな」
黙々と食べるヒバリを見て、ご飯粒ついてる、ぱく、なんてベタ甘なことをやりながら初日の朝は過ぎ去っていきました。



「じゃー行ってくんな〜」
元気の良い声を残して山本はバイトに出掛けていきました。
山本が消えていった玄関を見つめていたヒバリが、くりっと獄寺に目を向けます。
「君はなんでいるの」
「いちゃ悪ィかよ」
「別に」
そう言いながらもヒバリの頭が働きます。
山本は主に“大学”に行く日と“バイト”に行く日があると言っていました。今は大学は夏休みなので、山本の用事はバイトだけです。
たまに嫌々そうに出掛ける準備をしている山本に、ヒバリは『なんで行くの?』と尋ねたことがありました。
嫌なら行かなきゃいいのに。そう思ったのです。
山本は少し困ったように笑いながら、『人として、行かなきゃなんねーの』と答えました。バイトをドタキャンなんかしたら、バイト先の人に迷惑が掛かるからと。
それを思い出したヒバリは極力ヒバリを視界にいれないようにしている―――これはヒバリといつも顔を合わせば喧嘩になるので獄寺なりの配慮です―――獄寺を見ました。
「…君ヒトじゃなかったの?」
「はぁ?!」



結局その後もギャーギャー言い合いになって、ヒバリが寝に部屋に戻ったので獄寺はやっと一息つきました。
やっぱりこいつらなんて置くんじゃなかった。
そう後悔してももう後の祭りです。一人暮らしなんてしてるから、困った時にあてにしようと狙われるのですが一人暮らしをやめることなど出来ません。
追い出したい。けれど自分が追い出したことによって10代目が迷惑を被られることがあってはならない。
早く出てけ。
そう祈りながら、はぁー…と獄寺は幸せを絞り逃がすような溜め息をつきました。



「ただいま〜」
山本が帰ってきたのはおやつの時間を少しまわった頃でした。ヒバリはまだおやすみ中です。
廊下を進んでリビングのドアを開けるとひんやりとした空気が山本の肌を撫でていきます。山本のいたぼろアパートでは有り得ないことです。
「早く閉めろボケ」
ドアに手を掛けたまま気持ち良さに浸っていると獄寺から苛立った声が飛びます。
リビングでは獄寺がバイト先の塾の予習をしていました。
「俺がいない間ヒバリと喧嘩しやしねーか心配だったんだけど、大丈夫そうだな」
「大丈夫じゃねーよ!あのヤロー腹立つ」
「あ?でも殴り合いとかしたわけじゃねーだろ?」
「そんなんはしてねーよ」
「ならよかった。怒ってるヒバリに殴られると三日は顔腫れっからな」
あいつ力強ぇからよ〜と笑う山本に、そういやこいつ人相変わってたことあったな…と獄寺は心の隅で思いました。
人間の世界にうまくなじめてなかった頃のヒバリはよく山本に八つ当たりしていたのです。山本はそれに本当によく耐えました。山本自身はじゃれつかれてるという意識が強かったからかも知れませんが。
「ヒバリはさ、別におまえのこと嫌ってるわけじゃねーし、ちょっと素直すぎるだけだから、大目に見てやってくれよ」
「…てめぇはよくあいつなんかと一緒にいられんな…」
あんな我が儘で傍若無人で世間知らずで我が儘で。と獄寺は続けました。
我が儘が二回も来るほど獄寺のなかのヒバリは我が儘なようです。
山本から見ればヒバリと獄寺は似ているところ―――少し単純なところとか―――があると思うのですが、同族嫌悪というやつでしょうか。獄寺だってヒバリのことが心底嫌いというわけではないのですが、どうにもヒバリとは反りが合わないようです。
ヒバリは他人に興味関心を持たないので自分から仕掛けたりはしませんが、きゃんぎゃん吠えられるとイラッとくるようでまたいがみ合いが始まるといった始末。
獄寺の言葉に、山本は笑って答えました。
「そういうとこが可愛いくね?」
「てめぇに聞いた俺が馬鹿だったぜ」
「なぁ?」と山本に同意を求められても、獄寺は「うるせぇ馬鹿死ね。三回ぐらい死ね」と一刀両断に切り捨てたのでした。



夜になり、獄寺はバイトに出掛けました。
しとしとと雨が降っています。獄寺は舌打ちして傘を開きました。
仕事が終わって帰った頃にはきっとヒバリは散歩に出掛けてる。そうなったら奴が帰って来る前に寝てしまえばとりあえず朝まで顔を合わせなくてすむ。これ以上疲れることもないのだ。
獄寺はそう思っていました。が。
獄寺が帰宅し玄関に入って気付いたのは、靴がふたつあるということでした。
一つは山本、もう一つはと言ったらヒバリのしかありません。
まさかいるのか。夜は散歩だっつってたじゃねーか。
そう思いながら獄寺は煌々と光が洩れているリビングまでの廊下を歩きます。
「お、おかえり〜」
「…おかえり」
「………」
獄寺を見て山本が笑いかけてきました。が、ヒバリはソファに寝そべって読んでいる本から目を離しません。
本は獄寺の部屋にあったものです。
獄寺が出掛ける前に、ヒバリは「読んでもいい?」と聞いて、獄寺が適当になんでも好きなの読んでいいと言ったために読んでいたのでした。
「…夜の散歩はどうしたコラ」
「あ〜?あー、雨降ったからよ、中止」
「ざけんな。行け、今からでも行きやがれ」
「やだよ」
月の見えない夜の散歩はつまりません。ヒバリは昼間降る雨は好きですが、夜降る雨は嫌いなのです。
獄寺が舌打ちしながらテレビをつけました。ちょうど天気予報をやっています。これから一週間の予報は、雨マークが並んでいました。
「ヒバリぃ、明日も雨みてーだぜ」
「そう」
ヒバリは読書に夢中で返事に適当さがにじみ出ていますが、山本は特別気にするでもなく、こてんと頭を後ろに倒しました。
山本はヒバリが寝そべっているソファの横の床に腰を下ろしてソファに凭れていました。頭がちょうどヒバリのお尻の辺りに当たります。
ヒバリはそれについて特に文句を言うでもなく読書に耽っています。
むしろそれを見た獄寺が口を出しました。
「オメーどこに頭乗っけてんだよ…」
「何処って、ヒバリのケツ。結構ちょうどいい堅…っだ!」
ヒバリの踵が山本の頭部を直撃します。山本は上体を起こすと呻きながら頭を押さえて床にうずくまりました。
ヒバリはそれにも構わずしらっとしながらページをめくります。残りはあと数十ページです。
「ヒバリ…踵は痛い…」
「馬鹿なこと言うからだよ」
「ってー…。ケツ枕はこれがあるんだった…」
忘れてたと言う山本に、獄寺は初めてやるのではないのだということを悟ります。
二人を眺めていた獄寺を山本はどう思ったのか、獄寺を見て言いました。
「ヒバリのケツ枕は貸さないからなー」
「誰が借りるか!」
冗談じゃねぇと獄寺は声を荒げます。
マジにちょうどいいんだけどなぁなどと良いながら、山本は懲りずにまた先ほどと同じ位置に頭を乗っけました。
ヒバリの足がゆらゆらと揺れましたが、山本に当たらない方の足です。別にお尻に頭を乗っけられること自体に抵抗はないようです。
しばらくニュースの声だけが響いていました。
獄寺はシャワーを浴びにリビングを後にして浴室に向かいました。
雨音に似たシャワーの音を聞きながら、獄寺は髪を伝い落ちる滴を眺めていました。
こんな生活耐えられそうにない。苛立ちによるストレスでどうにかなってしまいそうです。どうしたものか。考えを巡らせますがなかなかいい案が思い浮かびません。
「…はぁ」
獄寺は溜め息をつくとシャワーを止めました。
がしがしと乱暴に頭を拭きながら、リビングの扉を開きます。
がちゃり。
「あ」
「…あぁ?」
戸を開けた獄寺の目に飛び込んで来たのは、今まさにちゅーしようとしていた山本とヒバリでした。
扉が開く音に反射的に山本が扉に目を向けたので獄寺は山本と目が合いました。
え、えへっと言わんばかりに山本が笑います。
「タイミングわりーなー」
「………」
笑ってごまかそうとしているのか素なのか獄寺にはよくわかりませんが、とりあえず山本が何をしようとしていたのかはわかります。
ソファに座っているヒバリのすぐ真横に座り身を乗り出していた一瞬、頬に添えられたままの手。
「………」
獄寺はふつふつとあがる怒りのボルテージを押さえる事が出来ません。ジワジワと上がり続けた結果、ぷちーんと何かが切れました。
「ヒトん家で盛ってんじゃねー!!」
獄寺の怒声が響きます。
「何言ってんだぁ、ちょっとキスしようとしただけで…」
「うるっせぇ!リビングでいちゃつくな!べたつくな!キスすんな!それ以上ももちろん禁止!!!」
「わかった」
獄寺がまくし立てるのに、ヒバリがかつてないほど素直に頷きます。それに対して山本が不服そうな声をあげました。
「えぇ〜。ってか別にいちゃついてねーじゃん。普通じゃね?」
「普通じゃねぇ!」
怒り心頭の獄寺は聞く耳も持たず怒鳴り散らします。
じゃあ部屋に行くか。と腰をあげてヒバリの手を引こうとする山本に、獄寺はさらに怒鳴り声をあげたのでした。
「部屋でもすんな!!俺ん家の敷地内で互いに半径60cmより近付くな!さわんのも禁止だ!!!嫌なら出てけ!でも10代目んとこにも行くんじゃねぇ!」
「うんわかった」
「え、ちょっ…、ヒバリ…」
「君のしてること普通じゃないって。そういうことだから、僕に触らないでね」
「えぇ〜」
本戻してくるとすっと立ち上がったヒバリを山本は目で追います。ヒバリの姿が見えなくなって、山本はがっくりと溜め息をつきました。
「雨の日くれぇしかゆっくりいちゃつけねーのになぁ」
「いちゃついてる自覚あんじゃねーか」
「だっていちゃついてるなんて言ったらヒバリ触らせてくれねーもん…」
「最初からさわんな」
ケッと言い放つと山本がハァとまた溜め息をつきました。
「あれに触んないのって結構本能と理性の戦いじゃね?つい手が伸びちまうんだよなぁ」
「てめぇはナマモノしかいないジャングルにでも帰れ。そこで本能のまま生きてろ」



この小さな騒動によるお触り禁止令により、獄寺の心はわずかに穏やかになるはずでした。が。
二人が元のアパートに戻れるまでの約一ヵ月。
無意識のようにヒバリに手を伸ばす山本に、獄寺の苦難の日々は続いたのでした。