『今日はマジもう本気だして疲れた』 そう言って早々と布団に入ってしまった山本を置いて、ヒバリは月明りの下お散歩に出かけました。 今日は月は細く細く尖っていて、少し雲もあって辺りはとても暗いです。暗闇でも全く構わないので、ヒバリはすたすた街を歩いていました。穏やかで冷たい風が心地よく、ヒバリは上機嫌でしたが、ふわりと風に乗ってかすかに血の匂いが運ばれてきました。 それは人間は気付かない程度の香りでしたが、ヒバリは確かに血の匂いをキャッチしたので風上に向かって足を進めました。 「ん?」 道路の角を曲がったところで、若者達が群れているのを発見しました。 「………」 目障りです。一声かけることもなくヒバリはそいつらの中で一番近くにいた奴をトンファーで殴り飛ばしました。それに気付いた仲間達がヒバリに向かってきましたが、ヒバリの敵ではありません。若者達全員を蹴散らし終えると、また血の匂いに意識がむきました。血の匂いはすぐ側からします。 「?」 ヒバリがそちらに目を向ければそこにはボロボロになったサラリーマン風の男がいました。どうやらその男が血の匂いの発信源のようです。 俗に言うオヤジ狩りにあっていたのをヒバリが助けたことになりますが、ヒバリに人を助けたという意識はありません。 血の匂いに誘われて無意識に足を運んでしまいましたが、はたと我に返ってみれば血を吸うわけにもいかないということに思い至りました。 ヒバリは早々に帰ることにしました。が。助けたオジサンに声を掛けられ、お礼がしたいとのこと。ヒバリはめんどくさかったのでどうでもよかったのですが、オジサンがなかなか解放してくれません。 暇だったのでオジサンとおでんの屋台に行くことになりました。ヒバリは山本の「知らない人には付いていっちゃいけないからな」という言葉をそのときはすっかりわすれていたようです。 屋台で二人席に着きました。好きなモンを食べていいといわれ、オジサンが日本酒を飲み始めたのでヒバリも同じものを頼んでみました。もう成人してるのかと尋ねられましたが、成人?みたいな勢いだったので「うん」と答えておきました。 くぴくぴ飲み続け酔ったオジサンの話を聞きながら、気が付けば太陽が昇ろうとしています。酔っ払いながらそれに気が付いたヒバリは酔いつぶれたオジサンを屋台においてふらふらしながらも家に帰りました。 普段ならこっそり戻ってくるのですが、今はそんなことまで気が回りません。遠慮もなしに蒲団に入り込んで自分の方に蒲団を引き寄せたのでした。 山本は蒲団を剥ぎ取られた肌寒さに目を覚ましました。横に気配を感じて見れば黒髪がはらはらと覗いています。おや、珍しく此方を向いて寝ています。かすかに鼻孔をくすぐる嗅ぎなれない香りに山本はもうちょっとヒバリに近づいて鼻を動かしました。 「………」 ちょっと離れて見下ろします。 「ちょいとヒバリさんヒバリさん」 「……なに」 眠たそうな返事が返ってきました。まだ熟睡に至っていなかったらしいです。 「酒臭い」 「気のせいだよ」 「えぇー、気のせいって…、有りえねーから。何処で飲んできて金どしたの」 「お金は気にしなくていいって言ってたよ…」 「どういうことだよそれ。ちょ…、起きろー」 「…うるさいよ…」 ヒバリは蒲団を巻き込みながら寝返りを打ち山本に背を向け、すぴすぴ眠りについてしまいました。こうなっては頑として起きません。 「あ、コラ、起きろー」 「…………」 「ったく」 山本はため息をつきながらヒバリを見下ろします。 酒の匂いが蒲団に移ってしまいそうだと思いながら、まだ4時ごろ、もう一度眠りに付こうとヒバリに奪われた蒲団を取り返そうとしましたが、ヒバリがギュッと蒲団を持ってしまってるので少しも奪い返せません。 「………」 山本はちょっと考えてヒバリに後ろからくっついてみました。 くっついても背中が蒲団から出て少し寒いし、ヒバリはお酒臭くて匂いだけでも酔ってしまいそうだし。 欠片も安眠できる要素が見つけられない山本なのでした。 朝。 ヒバリに安眠を妨害されてから数時間も経たないうちにけたたましく鳴った目覚ましによって山本は起こされました。 「うー…」 目覚めはあまりよくありません。のそのそ起き上がって頭を掻きますが、なんだか寝た気がしません。 とりあえずカーテンを閉めて自分は活動を開始します。もう一度ヒバリに近寄って匂いをかいでみますがやっぱり酒臭いです。それから自分の匂いもかいでみますが、鼻に酒臭さが残ってしまったのか、それともくっついて寝ていたので自分にも酒臭さが移ってしまったのか、ほのかに酒臭いです。 「うぇー…」 とりあえず顔を洗いに行くことにしました。 昼。 「っつーーー…」 「おーい、大丈夫かぁ?」 布団に潜ったままベッドから出てこないまま唸っているヒバリに山本は声を掛けました。ヒバリは悪夢にうなされているのではなく、そう、二日酔いです。 山本は大学のレポートのためノートパソコンに向かいながら、呻いているヒバリにたまに声を掛けますが返事は意味を成さない唸り声で返ってきます。 二日酔いになった吸血鬼なんて珍しいだろうなと山本は思っていました。 「ぅーーー………」 先程から落ち着きなく寝返りをうっているヒバリが気になってレポートどころではありません。 キーボードを叩く手を休めて、山本はベッドサイドに移動しました。 「ヒバリ、何をどんだけ飲んだの」 「飲んでたのは日本酒だけど、勝手についでくれたから量はよく知らないよ」 こめかみを押さえているだろう手を覗かせながらヒバリは言います。 「何処でそんな飲んできたの。つか金は?」 「そこのおでん屋の屋台で…。…もう話しかけて来ないで」 頭痛が酷くなってきたのか、ヒバリは山本に背を向けて蒲団の中で丸くなってしまいました。 「あ、おいちょっと!大事なことだろー」 ヒバリはお金を持っていません。そんなヒバリがどうしておでん屋の屋台で日本酒が飲めるのか。山本は不思議でなりません。まさかとは思いますが、無銭飲食とか。それは犯罪です。断固としてヒバリに真相を聞き出さねばと思っているところにピンポーンと呼び鈴がなりました。 「へーぃ。どちら様?」 だらだらと山本は扉を開けましたが、扉を開けたらそこにはびっくり、スーツを着た男の人です。 「…どちら様?」 ホントにどちら様。こんな人、山本は知りません。男の人は深々とお辞儀をしました。 「昨夜、こちらにお住まいのヒバリさんに旦那様が助けていただいたそうで…」 「…ヒバリが?旦那様ぁ?」 山本は思わず部屋の中を見ましたが、ヒバリはやはりまだ唸っていました。 菓子折りを持ってきた男が、山本が一緒に行かなかった昨夜の散歩でヒバリはとある会社の社長、男の言う旦那様がオヤジ狩りにあっているのを助けたと言うのだから山本は驚きました。あのヒバリが人助け…!と山本は思いましたが、オヤジ狩りならきっと相手は集団だったろう、ヒバリは人助けではなく単に群れた奴等が気に食わなかったんだろうな、と男の話を聞きながら思っていました。口には出しませんが。ヒバリが人助けをしたというせっかくの美談なのですから。 そして助けられた旦那様がヒバリをおでん屋に招き奢ったとのこと。山本はヒバリの無銭飲食疑惑の謎が解けてやっとこすっきりです。しかし金持ちの旦那様が恩人を連れてった場所が何故おでん屋の屋台。もっといいとこに連れてってもいいのではないだろうか。山本には謎でした。 菓子折りを渡して男は去っていきましたが、一応ヒバリがもらったものなので山本はそれをヒバリに渡そうと思いましたがヒバリは布団から出てきません。 ヒバリがやっと起きてきたのはもう日が暮れた頃でした。ヒバリは元々夜行性なので起きる時間は普段と大差ありませんが、やっと見せた顔はしかめ面です。 「水飲むか?」 「ん…」 手を出してきたので取りあえず水を渡してやります。くぴくぴと一気に水を飲み干したヒバリに山本は届けられた菓子折りを渡します。 「人助けしたんだって?やるじゃん」 と山本は笑いながらヒバリに言いましたが、ヒバリはどうでもよさそうに菓子折りの包装を破いていきます。 「別に。群れてる奴等を蹴散らしたら出てきたんだよ」 「ま、そうだと思った」 ヒバリは出てきた和菓子の詰め合わせを見つめて、「あげる」とヒバリが散らかした包装紙を片付けている山本に和菓子を渡すとまたベッドに体を横たえました。 山本は渡されたそれを見て「お、高級品じゃん」と思いながらありがたく頂戴しておくことにしました。 「ヒバリさんヒバリさん」 山本が頬杖をつきながらヒバリを呼べばヒバリは閉じていた目を開き山本に向けました。 「…その言い方ムカつくよ」 「そ?今日血ぃ吸える日だけど、吸える?やめる?」 「………後で吸う」 今日を逃したら一週間以上血を吸えないのだから、こんな二日酔いぐらいでやめるわけがありません。まだ頭が痛くて横になってるくせに大した根性だなぁと思いながら、山本はお茶を入れて和菓子を食べる準備をしました。 「ヒバリ」 「………」 「おでんは食った?」 ヒバリは吸血鬼といえど栄養になるのが血なだけで人と同じ食事も取れるのです。ただ人と同じ食事をとってもあまり意味はないし、この家が無駄な出費をするほど裕福ではないので食べませんが。 「少し食べたよ」 「うまかった?」 「まぁまぁね」 「今度さ、俺もそのおでん屋連れてってよ」 「…今度ね」 そう答えておきながらも、喜々としている山本を見ながらヒバリは…何処にあったっけ…と二日酔いのため痛む頭で考えたのでした。 |