「気のせいか、最近この辺コウモリ多くねぇ?」 山本は夕闇の空を飛ぶ黒い影をなにとなしに見つめながら言いました。 それを普段なら窓際にいるのに、最近は室内にいるヒバリは聞いていましたが黙 ってただ山本と同じように窓の外を見ています。 「なぁどう思う?」 「…気のせいじゃないと思うよ」 「あ、やっぱ?」 以前から特別珍しいものではありませんでしたが、最近特に目につくようになっ たなぁと山本は思います。 別に害があるわけではありませんが、ただなんとなくコウモリと会話できるらし いヒバリが側にいるのでコウモリは皆ヒバリの友達的な意識を山本は持っている らしく、事あるごとにコウモリを気にするようになっていたのでした。 今も山本の視線のさき、窓の外ではコウモリが飛び交っています。 「正確に言えば、このアパート周辺にくるコウモリが増えたんだよ」 「そうなのか?」 「うん」 「へぇ…」 ヒバリが頷くのを見て、山本はまた窓の外を見遣りました。 「なんで?」 「………」 山本は問い掛けましたが、ヒバリは口を閉ざして答えません。山本もそれ以上追 及しようとはせず、話はそこで一端終ったかに見えました。が。 「君、夜道には気をつけた方がいい」 「? おう」 ぽつりとヒバリが呟いた言葉こそすべてを物語っていたのに、その真意をそのと きの山本はまだ知らずにいたのでした。 山本がコウモリ集結とヒバリの言葉の理由を知ったのは後日、夕方干したまま忘 れていた洗濯物を取り込もうとした時でした。 「いでっ、いた、痛ェって…!」 網戸を開けて身を乗り出したときコウモリの襲撃にあったのです。 それを見たヒバリがそれらを追い払い、網戸を閉めてくれたので収まりましたが 、山本は何事かと目を丸くしていました。 「な…」 「だから気をつけろって言ったのに」 「いや、今俺家の中なのな」 呆れたようなヒバリの視線に、気をつけるよう言われた夜道にいるわけではない と山本は呆然としながらも抗議します。 それでもいまだ驚きから覚めやらぬまま呟きました。 「…なんだ今の」 「ただのコウモリの群れだよ。目障りだね」 「なんで俺襲われたんだ?」 「さぁ?彼女達の行動理由なんて僕にはわかんないから」 「彼女達…?」 さらりと言われた言葉に山本は窓の外を見遣りました。空を飛び交うコウモリ達 は、ヒバリいわく女の子だそうで。 「………」 要するにこのコウモリ達はヒバリの。 「追っかけ…?」 「何それ」 「いや…。ヒバリは人気者なのなー」 「?意味わかんないんだけど」 眉を寄せるヒバリに対し、山本は窓の外を見遣りました。 ヒバリと暮らしてることに、嫉妬でもされたのでしょうか。それならまぁコウモ リ相手とはいえ多少の優越感がなくもないです。 「いい加減目障りだから追い散らそうか」 「え、可哀相だろ。そんなことしたら」 「………」 ヒバリの言葉に山本は目を丸くして言いました。そんな山本を見つめ返してヒバ リは問い掛けます。 「君、今自分が襲われたのわかってんの?」 「わかってっけど…」 仮にも好意を抱いている相手に追い払われたらせつないだろうに。 自分を襲ったコウモリを思いやっての発言だったのですが、ヒバリにはよくわか らなかったようでしばらく眉を寄せて山本を見つめていました。 「…まぁ、別にいいけど…」 ほんの少し唇を尖らせ不満そうにしながらもヒバリは山本から目を逸らしました 。 「?」 そんなヒバリの態度に今度は山本が首を傾げます。なんか、怒っている。山本は 感じますが、本当に怒っているのかわからず、首を傾げたままヒバリを見つめ続 けました。 ヒバリの地雷は思わぬところに埋まっているので普段はからずも踏んでしまうこ とは多々ありますが、それは「あ、踏んだ」とその後の反応を見れば火を見るよ りも明らか。分かりやすいのですが、今回はイマイチ言い切れません。 ヒバリの纏う凛とした空気がちくちくするような気はするのですが、多分尋ねて も睨まれるだけで答えてもらえない気がします。 「…外のコウモリって血ィ吸うコウモリ?」 「違う。血を吸うのはすごく珍しいんだよ」 「そうなのか?」 「そう。それに、そんなの日本にはいないはずだしね」 「へー…。ヒバリは物知りなのな」 「君はもうちょっとものを知った方がいい」 「ははっ、勉強するわ」 山本はほがらかに笑いながらそれとなくヒバリの様子を伺います。返事を返して くれる辺り、そこまで機嫌は悪くないようです。 なんとなくヒバリを見つめ続けていると、視線を感じるのでしょう、ぴくりと丸 い頭が揺れて振り向きました。 「何」 「いや?…ヒバリが人気者なのも、なんか妬けんなーと思って」 「さっきもそんなこと言ってたね…。なにそれ」 「外のコウモリ、ヒバリのこと好きだから集まってんのな」 ヤキモチ妬かれるのも悪くないなと思っていたのに。あんな風に集まって好き好 きとアピール出来るコウモリが少し羨ましくもあるのでした。 コウモリ相手に優越感を抱いてみたり、ヤキモチ焼いてみたりするなんて馬鹿み たいだとは自分でも思うのですが。 山本の言葉に、ヒバリはまた訝しげな目を山本に向けます。 「…君、あれらと会話出来たの」 「出来ねぇよ?出来ねェけど、わかる」 「ふーん…」 「ん」 ヒバリはいまだ納得していないようでしたが、それ以上聞いてくることはありま せんでした。 「………」 山本はしばらくまだ唇を尖らしているヒバリを見つめ、やがて開けっ放しのカー テンに手を伸ばすと軽やかな音をさせ、それを閉めました。 その音にヒバリがそちらに目を向けます。 「もう閉めんの」 「ん」 外を見るのが好きなヒバリのためにカーテンは開けっ放しなので、ヒバリは山本 を見遣りましたが山本は口許に笑みを浮かべてヒバリの側に寄りました。 どっかりと座り込んだ山本をヒバリは見つめます。山本も見つめ返します。 「何」 「ん。あいつらには、見せたくねぇかんな」 そう言って山本はヒバリの頬にキスしたのでした。 |