山本はぽつりとつぶやきました。 「十字架平気、銀食器平気、ニンニク平気、太陽光ダメ。なーんか色々吸血鬼の イメージ狂うよなぁ」 「知らないよ。それにうちにあんのはステンレスだろ」 「…うん、まぁ、そうなのな」 銀食器なんて高価な物ないくせにと冷静に突っ込まれて山本も冷静にそれを受け 止めます。 テストと溜め込んだレポートに飽きた山本はシャーペンを弄びながらヒバリに尋 ねました。 「前にさー、昔吸血鬼はいっぱいいたって言ってたじゃん?」 「………」 「実際吸血鬼ってどんなん?」 そう尋ねて、山本はここで初めてヒバリを見ました。 ヒバリは山本の方を見ていません。立てた膝に乗せている本を見ていました。少 し考えるように沈黙して、それからゆっくりと口を開きます。 「…夜になると城を抜けだし月明りのしたでキャンプファイヤーを囲みながら男 女で睦み言を言い合い、手を取り合ってチークダンスを踊ってたよ」 「マジで?」 「嘘だよ」 自身の長い言葉を短い言葉でばっさり切り捨てたヒバリに山本は嘘かよーと机の 上にうなだれました。もうまるでレポートをやる気がありません。 しばらくうだうだと机に伏せっていた山本はむくりと体を起こしヒバリを見まし た。 「今のヒバリが考えたのか?」 「まさか」 これに書いてあるとヒバリは読んでいた本を視線で示しました。 どんな本だ。ハードカバーのそれの中身が山本は気になりましたが深く突っ込む 気も、また読む気にもなれないので、そっかとだけ言って黙っていました。 それに対し、珍しくヒバリから沈黙を破りました。言葉を付け足したのです。 「実際、そんな数がいないよ。僕が知ってるのも片手あれば足りる」 「え、やっぱヒバリ以外にも吸血鬼っていんのか?」 新たなる可能性に山本は目を輝かせます。 ですがヒバリの答えは曖昧なものでした。 「さぁ?」 「さぁって…」 首をかしげるヒバリに山本は苦笑します。 「知らないよ。あいつらが今どうしてるかなんて、僕は死んだと思ってるけどね 」 「つまり仲間がいるにはいたんだな」 「やめてくれるかな。あんなの仲間なんかじゃない」 出来るならかみ殺したいと言うヒバリの目は本気で、不穏な空気が流れてきます 。 「穏やかじゃねぇなぁ」 落ち着けって、と山本はヒバリをなだめます。怯まない辺り山本です。 ヒバリはまだ不満そうに唇を尖らせながらも、その感情を山本にぶつける気はな いようで今だほの暗いオーラを纏いながらもおとなしくしています。 山本は頬杖をついてヒバリを見ます。体は完全にレポートから離れました。 「なんでそいつらと離れちまったの?」 「群れるのは嫌いだよ」 「………」 なるほどね、と山本は思いましたが、ヒバリが言う程一人にこだわるようには思 えません。今だってなんだかんだ山本と一緒に暮らしているし、ディーノが部下 といても何も言わないし、ツナや獄寺達とも交流がないわけではない。 そこまで徹底して一人がいい、なんて思ってはいないようです。 「何くだらないこと考えてんの」 黙り込んだ山本を、どこか冷めた目でヒバリは見つめています。山本はほんの少 し寄せていた眉間を撫でながら別に、と返しました。 「そういやヒバリって幾つ?」 200年の眠りについていたことは聞いていますが、今から200年前って何時代だろ う、江戸時代かとそっちに話がいってしまったためヒバリのことは聞かずじまい だったのです。 「……なんで今日はそんな聞きたがるのかな」 ヒバリは少し不愉快そうな目を山本に向けています。 「えー、やっぱ知りてぇだろ。ヒバリのこと」 「今まで聞かなかったくせに」 ヒバリが山本のところに転がり込んでから気がつけばそれなりに経っています。 今まで山本がヒバリについてのことを尋ねたりする機会はそうありませんでした 。 尋ねる内容も、食べれないものはあるか、ダメなものはあるか、日常生活で何か 気をつけたらいいのか、そんなことばかりです。 それなのに今更こんな風に聞いてくるなんて。どうでもいいことだろうとヒバリ は少し眉を寄せています。 それを山本はあんまり聞かれたくないのかな、と判断しました。別にヒバリは言 いたくないわけではないのですが。単にいろいろ口に出すのがめんどくさいだけ です。 なんとなく口を閉ざした山本にヒバリも黙り込みます。部屋が沈黙で満たされま す。静けさの中、夜特有の音のない音が聞こえるようです。 やがて山本はおもむろに口を開きました。 「んじゃ他のこと聞きてーんだけど」 「…まだ何かあんの?」 鬱陶しそうにしながらもヒバリは耳を傾けてくれるようです。 「ほら、吸血鬼に噛まれると吸血鬼になるー、ってやつ。あれマジ?」 「………」 ヒバリはぎゅっと唇を少し噛むようにしながら黙り込んで山本を見つめています 。 山本はその視線を受けとめて、まっすぐに見つめ返しました。 先に視線を逸らしたのはヒバリです。ヒバリは少し目を伏せるようにして、それ からまた山本に視線を戻し、薄く笑いました。 「試してみる?」 悪戯に笑うヒバリに山本は首を竦めます。 「またの機会にでもな」 「そう。残念だよ」 今すぐにでも試してあげるのに、と笑うヒバリは何処までが冗談なのかいまいち わかりませんが、山本もほがらかに笑います。 レポートやんなきゃなんねーから、と山本はまたシャーペンを手に机に向かいま した。でもまたすぐに飽きて頬杖をつき始めます。 「なぁヒバリー」 そしてまたヒバリに声を掛けました。一人暮らしの時は飽きたらゴロゴロと寝転 んだりしたけれど、今はヒバリがいるのです。ついついヒバリに話しかけてしま うのです。 「何」 「ちょっと話戻すけど…、やっぱ寂しいだろ。仲間と離れると」 山本にちょっとイタリアに旅行に行っただけで人種の違う人々に囲まれほんの少 しホームシックにかかりました。 見慣れぬ景色も馴染みのない文化も全部全部楽しかったけれど、自分は違うとい う疎外感を全く感じなかったわけではありません。 吸血鬼が人間の中で暮らすということは、もしかしたら常に山本が感じた孤独と 似たものを感じているのかもしれないなと不意に思ったのです。 そんな山本の考えに反し、ヒバリの返事はヒバリらしいものでした。 「全然」 「えー…」 きっぱりと言い切ったヒバリに山本は尚も言葉を続けようとしましたが、それを 遮るようにヒバリが先に言葉を放ちました。 「いらないよ、仲間なんて」 そう言ったヒバリは何処か遠く感じて。 「………」 なぁ俺も吸血鬼にしてくれよ。 ほんの一緒だけ、でも本気でそんなことを思い、それでもそれを音にはせず山本 はぐっと飲み込んだのでした。 |