部屋の床に置かれた金属バットとグローブ。それは単に散らかしている訳ではあ りません。 その二つで区画された場所の中ではヒバリが布団をかぶり丸くなって寝ています 。 わずかに覗く黒髪を、その境界線の手前から見つめていた山本は溜め息をつきま した。 「君は何か勘違いしてる」 ヒバリの言葉に山本は目を瞬かせました。 「何?」 「僕は、何も知らない子供じゃないんだよ」 どうやらヒバリは日々の山本の態度が気に食わないようです。 実は今までそれほど気にしていなかったヒバリですが、ぼんやりと見ていたドラ マのワンシーンがやけにひっかかったのです。 それは母親が小さな子供を過保護ともいえる程世話している場面でした。 なんか似たような景色を見たことがあるような気がする。ヒバリは思います。け れどヒバリの周りに子供なんていません。リボーンがいますがあれは別。 しばらく考えて、答えが出ないままその場は終わりました。ですがその晩のこと です。 夕飯の時、普段ならヒバリは座って支度が整うのを待っているだけですがたまた ま流しの辺りに立っていたのです。 出来上がった料理を山本が運ぼうとしています。手伝ってやろう。そう思ったの はただの気紛れ。置いてあったお味噌汁を運ぼうと手を伸ばしました。 「あ、ちょっ待て」 「?」 それに気がついた山本が皿を手にしたままヒバリに声を掛けます。 「持ってってくれんのか?」 「そのつもりだけど」 「わ、ありがとな〜」 山本はほがらかに笑います。そして言いました。 「それ、熱ィからこっち。こっち頼むわ」 「………」 山本が手にしていた皿を渡されたヒバリはおとなしくそれを運びます。 味噌汁は山本が運び、席に着く山本をなんとなく見ていて気付きます。 自分と山本だ。山本の態度がドラマのなかの母親と一緒だったんだ。 つまり自分は世話を焼かれるだけのあの小さな子供…? そんなの冗談じゃない。ヒバリは山本を睨みます。ヒバリの胸中など知らぬ山本 はヒバリがお手伝いしてくれたという事実に機嫌よく笑うだけなのでした。 それからというもの、ヒバリは山本の動作がことあるごとに気になるようになっ てしまいました。今まで気にしなかったのが不思議なくらいです。 そしてついに今日、その思いを山本にぶつけたのでした。 ヒバリの言葉に山本は困ったように頬を掻きます。 「別に…そんなつもりじゃ」 「じゃあどんなつもりだったわけ。僕は君の力なんて借りなくても一人で十分生 きていけんだから」 まるで家出でもしそうな口振りに山本が慌てます。 「ちょっ、わかった。わかったって。俺が悪かった。もうしないから、な?機嫌 直せって」 「そういうところが子供扱いしてるっ言ってんだよ」 不満げなヒバリはいきなりバットを持ち出します。ただでさえ馬鹿力のヒバリに 金属バットで殴られたらさすがに山本の命はありません。冷や汗が背中を伝いま したが、ヒバリはそっと床にそれを置きました。ついでグローブも置いて部屋の 隅の一角に仕切りを作ります。その内側に入って、ヒバリは言いました。 「こっから内側は僕のスペースだから、君はもう何もしないでくれる」 掃除だってやらなくていいし、ご飯だって自分でやる、と言い出したヒバリに山 本は何か言おうとしましたが、ヒバリはベッドから掛け布団を一枚はぎ取るとそ れにくるまって眠り始めてしまったのでした。 喧嘩中というわけでもないのに部屋の中が重い沈黙で満ちています。 山本はテーブルに頬杖をついて、電子レンジの前で難しい顔をしているヒバリを 見ていたのでした。 ご飯だって自分でやる、と言い張ったヒバリは冷凍庫から中身を全部引っ張りだ してしまって放置です。山本はそれをそっと中に戻しました。 次にヒバリは電子レンジのなかに輸血パックを入れました。そして首を傾げてい ます。 「これはなー」 「口出さないでくれる」 「………」 やり方を教えてやろうとしたのにピシャリとそう言い切られてしまいました。 ヒバリは適当にボタンを押しますが電子レンジは無反応です。唇を尖らせながら 、横に立っていた山本を見ます。 助けを求めているのかと思いきや。 「邪魔。あっち行きなよ」 山本は首をすくめてテーブルの横に座りました。ヒバリは腕を組んで考え込んで います。 素直にやり方くらい聞けばいいのに。山本は思いますが口に出したらまた怒らせ るので何も言えません。 無反応な電子レンジ、コンセントが入っていないのです。これでは何を押しても どうにかなるわけありません。それにヒバリが気付く様子はなく、時間ばかり過 ぎていくのでした。 結局山本が頼み込んでやり方を教えさせてもらいました。教えてあげる立場の山 本が頭を下げている辺りなにか間違っています。 ヒバリの輸血パックが解凍されるのを待っていたら山本のご飯はすっかり冷めて しまいました。 「別に待って欲しいなんて言ってないよ」 「そうだなー。俺が勝手に待ってただけなのな」 「………」 文句の一つも言わずに冷めた食事に口をつける山本をヒバリは唇を少し尖らせて 見つめます。 なんでこいつはこうなんだろう。ヒバリはなんだか釈然としないまま残りわずか な輸血パックに口をつけたのでした。 「山本は別にヒバリさんを子供扱いしてるわけじゃなくて、誰にでもあぁなんで す」 「………」 何日も意地を張って一緒に寝てもくれないし、ヒバリに関する事を何もやらせて もらえない事に困ってしまった山本はツナに相談しました。 困ったときの綱吉様、ヒバリを前に怯みながらも必死に説得です。 「だから、気にしなくていいと思いますよ」 「………」 「それに、山本は世話を焼くのが好きなとこありますから」 山本のためにもやらせてあげてというツナの言葉をヒバリはぎゅっと唇を閉ざし て聞いていました。 ヒバリの説得という大役を務めてくれたツナに軽食をおごり、別れたあと山本は 家に戻りました。 別にツナが説得に失敗していても、ツナを責める気はありません。元々ダメもと でお願いしたのですから。が。 「………」 部屋に入り、山本は瞬きを繰り返します。なくなっているのです。ヒバリの空間 を作っていたバットとグローブが。そしてその区画の中にいたヒバリもベッドの 上に移動しています。 突っ立ったままの山本をヒバリはちらりと見やりました。 「いつまでもそうしてるの」 言われて山本は荷物を下ろします。 それきりヒバリは今までの事などまるでなかったかのような態度と生活に戻りま した。 山本はなんだかすっきりしません。 (なんだかんだ、ツナの言うことは結構聞いてんだよなぁ…) 俺のいう事なんて全然聞いてくんねぇくせに。 山本はちょっぴり拗ねてみせたのでした。 |