日に日に日差しは穏やかに、空気は冷たくなる季節になりました。
山本は衣替えをして、一息つき、何気なくヒバリを見ました。
ヒバリは防虫剤の匂いが嫌で、少し離れたところで鼻をつまんで眉間にシワを寄 せたまま本を読んでいます。
山本が注目したのはヒバリの服装でした。山本が冬仕度を済ませたというのにヒ バリは未だ薄地の洋服のままです。
「…ヒバリ、寒くねーの?」
「別に、寒くない」
「ふーん…」
「………」
山本はなんとなくじーっとヒバリを見つめます。
ヒバリは寒くないと言いましたが、これからどんどん寒くなるのです。何時まで も今の格好のまま、というわけにはいかないでしょう。
「でもよー、これから寒くなるし、冬服はいるだろ」
「知らない」
どの位寒くなるか、ヒバリには見当も付きません。それにその日の着の身着のま まで生きているヒバリにとって、今の服装が寒かろうが寒くなかろうがどうでも いいのです。寒くなったら考える、それがヒバリの考えです。
「今週給料日あっから、今度の休みに買い物行くか」
「それより西瓜がいい」
「今の時期もう西瓜は終わっちまったって。はい決定ー、今度の休みはお買い物 な」
「………」
今近くのショッピングモールが創業記念セールだし、という山本を少し不満げに ヒバリは見つめたのでした。
寒さをしのぐより西瓜の方がヒバリには魅力的なのですから。
「………」
しばらく不満げに唇を尖らせていたヒバリですが、山本が見ているチラシを覗き 込んで少し驚きます。
服って高い。
最近やっと金銭感覚というものを身につけたヒバリはこんなものを買うお金が何 処にあるんだろうと思いましたが山本はすっかり買い物に行く気で、まだチラシ を見ているヒバリにチラシを譲ると鼻歌交じりに夕飯の支度に取り掛かりました 。



明くる週の休みになりました。冬も近付き夕方がなくなりつつある時間に二人は 家を出ました。
昼間は暖かいのに、やはり夕方ともなるとだいぶ冷えています。
「さすがにまだ息は白くねーけど、もうこんな時間でも暗いのなー」
「そうだね」
「ヒバリと外に出れる時間がどんどん増える季節になるな」
「………」
嬉しそうに笑う山本を一瞥し、ヒバリは顔を逸らしました。何が嬉しいのかヒバ リにはわからないからです。
電車に乗って隣り駅のモールに行きます。
ヒバリにとって初めてのショッピングモール。まだ新しいその其処は至る所がぴ かぴかでヒバリは目新しさから辺りを見回しています。
山本も此処にそう来るわけではないのでエスカレーター横の案内を見て目的の売 り場を探します。
「ヒバリ、こっち」
招かれてヒバリは山本の後ろに付いて広い広いフロアを歩いていきます。
こんなにお店と人がいるのは初めてです。そう、人。ヒバリはふとこの場所には 群れる人がいっぱいいることに気付きました。
途端にヒバリの機嫌が傾いていきます。その空気をすぐさま感じ取った山本はに っこり笑って「帰り、なんか飲んで帰ろうな。すっげぇうまいジュースの店あん だ、いろんな果物のジュースがあんぞ。果汁100%の」と言ってヒバリの気を引き ます。
レディースを扱う店がほとんどですが、メンズだってちゃんとあります。
其処に着いて山本はヒバリに好きなの選びなと言い、自分もヒバリに合いそうな のを探します。
ちょっとワイルドな服が多く、ヒバリはなかなかお気に召さないようです。眺め るだけ眺めて手に取ろうとしないヒバリに山本は自分が見繕った服を合わせて見 ますが、ヒバリはいらないと首を振ります。
他の店も渡り歩きます。ファッション雑誌に取り上げられるような服がディスプ レイされている店、シックでシンプルな服が並ぶ店。
「ヒバリさぁ、真っ黒なのばっかだから他の色のも買おうぜ。夜道歩くんだし、 車とか、あぶねーじゃんか」
「生憎そんなのにぶつかる程どんくさくないよ」
「それってつまり黒がいいってことか?」
「………」
ヒバリはもう答えません。うろうろと連れ回されて飽きてしまったようです。山 本のなど山本は全く見ようともせず、ヒバリのを選んでいるのに。
これ以上は限界だと判断した山本はとりあえず上着と服を2着を買ってモールの なかにある店で足を休めます。
今日の出費は山本のお財布を直撃しますが、致し方ないと山本は考えます。
一方ヒバリもジュースを飲みながら考えます。ヒバリにとって、お金はお使いに 行く時に渡される500円がいっぱいいっぱい。それ以上は大金です。
桁が二つくらい違った今回の買い物、山本にそんな金があったことにまず驚きで す。
このジュースだって500円に近いし、こいつ実は金持ってたんだと勘違いです。
山本がヒバリにお使いの際500円しか渡さないのはもし落としたら困るからという 配慮であって当然それ以上のお金は持っています。
ですがもちろん今回のような買い物を繰り返せるだけのお金など持ち合わせては いません。
ヒバリは山本が今回の出費のためにどうやってこれからの生活をやり繰りしよう か頭を悩ませていることなど知る由もないのでした。



買い物に行ったその週から気温はどんどん下がっていって買った上着が重宝し、 やっぱ買ってよかったなと山本が思っている頃、お届け物が山本の家にやってき ました。
段ボールです。それも結構大きくて、重い。
「?なんだぁ?」
判子を押し、段ボールを受け取った山本は差出人の名前を見て首を傾げたのでし た。
差出人の名前はディーノになっています。
「なにそれ」
戻ってきた山本にヒバリが目を向けます。
「ん、なんかディーノさんから」
「あの人から?…あぁ」
一瞬訝しげな表情をしたヒバリがすぐさま何か心当たりがあるような反応を示し たので山本は尋ねます。
「ヒバリ、なんか知ってんのか」
「開けてみないと何とも言えないけど」
ドンっと山本は箱を床に下ろすと、ベリベリとガムテープをはがしていきます。 二人が覗き込んだ箱いっぱいに詰まっていたのは冬物の服でした。黒がメインで すが時折他の色も混じっています。
手紙が付いていました。山本はそれを読みます。
内容としては「ヒバリに頼まれたから、服、送る」ということでした。
「………ヒバリ、いつの間にディーノさんにんなこと頼んだんだ?」
「君が買い物行くって言い出したとき」
「ふーん…」
箱の中身は全部新品です。それもどれもセンスのいい、高そうなものばかり。 がさがさと中身をあさるヒバリを山本は何処か遠い目をして見ていました。
「なぁヒバリ」
「なに」
「金はなくてもさ、俺ヒバリのこと幸せにするから」
「馬鹿じゃないの」
至極真面目に言ったのに一言で両断されてしまいました。
バイト、増やそうかな。でもそうするとヒバリとの時間が少なくなってしまいま す。
どうして1日は24時間しかないのだろう。山本は心の底から思いました。
山本にされたように服を自分に当てては放り出し他の服を手にしているヒバリを 見て、とりあえずこれで冬は越せると山本は初めて二人で過ごす冬に思いを馳せ たのでした。