吸血鬼であるヒバリは人間の食事は摂りません。血のみを栄養とし生きています 。 ヒバリが山本のもとにきた頃、ヒバリはそのことを言わず山本の家計を圧迫して いました。 しかしヒバリに食事はいらないと分かって以降、ヒバリは山本の作る料理を食べ ていませんでした。 それでも二人して机に向かい、一緒にいただきますをするのです。 山本は自炊した料理を食べ、ヒバリはその日の気分で型の違う輸血パックを飲み ます。それが二人の日常なのです。 しかしある日のこと、二人はいつものように二人で食事をしていました。 ふと視線を感じて箸を止めた山本はそちらを見ました。ヒバリと目が合います。 ヒバリがじっとこちらを見ているので山本は口許に箸を運んだ姿勢で固まり、そ のまま瞬きを繰り返してヒバリに尋ねました。 「…どうかしたかー?」 「………別に」 ふいとヒバリが視線を逸らしたので山本もそれ以上は追及せず食事を続けます。 黙々と食べ続け、また視線を感じます。同じ方向からです。まず間違いなくヒバ リでしょう。ヒバリのものじゃなかったら軽くホラーです。此処には二人しかい ないのですから。 「………」 山本は白米を食べながら迷います。またヒバリにどうしたのか尋ねるべきか。そ れとも気付かないフリを通すべきか。 先程尋ねた時何も言わなかったヒバリが同じことを尋ねて答えるとは思いません 。 (………ん?) 考え込んでいた山本でしたが、視線を感じなくなっていることに気がつきます。 何だったんだろう。思いながら山本は白米を飲み下し、あと少しだけ残っている ハンバーグを食べ切りました。 「ふー………」 足りません。今日は体育で動いたのでいつもよりお腹が空いているようです。山 本は立上がり、フライパンに残っているハンバーグを取りに行きました。 また座ろうとして気付きます。ヒバリがこちらを見ていることに。真っ黒なその 目は何かを訴えているように見えなくもないのです。 「………どした?」 目が合ってしまっては無視して逸らすわけにもいかず山本は尋ねます。 「………」 ヒバリは答えません。山本はとりあえず座ります。そして皿を机に置きました。 ヒバリの視線が皿につられて動きます。 「………」 その様を見ていた山本は箸でハンバーグを一口サイズに切り、自分の口に運びま す。ヒバリの視線がまたついてきました。 山本は口を開いて、中に放り込むその手前で動作を止めます。 「………」 「………」 二人とも黙り込んでいましたが、先に言葉を発したのは山本でした。 開いていた口を閉じ、ハンバーグを挟んでいる箸を少し自分から遠ざけます。ヒ バリはやはりそれを目で追いました。 「…食う?」 「………」 山本が尋ねるとヒバリは山本を見ます。そして黙り込んだまま、こくりと頷きま した。 明日お弁当に持って行こうと思っていた分をヒバリに出してやりました。ハンバ ーグだけでは侘しかろうと葉っぱにポテトサラダとを添え、ご飯も出してやりま す。食器や箸はヒバリが食事をしていた頃に揃えたものです。 ヒバリは器用に箸を使いハンバーグを食します。そんなヒバリを山本はじっと見 ていました。ヒバリは黙々とハンバーグとご飯、ポテトサラダを平らげていきま す。 「…ヒバリ、ハンバーグ好きなのか?」 山本はぽつりと尋ねます。 今までヒバリが何かを食べたがったことなどありません。。ヒバリはもくもくと 食べながら山本を見ます。 「好きだよ」 「そか。そうだったんだ…」 山本は一人ごちます。 そういえば今までヒバリの好きなものなんて知りませんでした。山本の血とリボ ーンがお気に入りなのは知っていましたが、そういえば他にヒバリのことは余り 知らないことに気付きます。 聞けば教えてくれるだろうか。そう思いながら山本はただヒバリを見つめました 。 「なに」 「んー、見てるだけ」 「鬱陶しい」 「気にすんなよ」 「………」 ヒバリはハンバーグを完食すると手を合わせてご馳走さまと言いました。お粗末 様でしたと山本は自分の食器と一緒にヒバリのも流しに運びます。 食後のお茶を啜りながら山本はヒバリに声を掛けました。 「なぁヒバリー」 「なに」 「今度、一緒にハンバーグ作ろうぜ」 切って捏ねて形を作って焼いて、きっとヒバリはやったことがないだろうと山本 は思っています。 ヒバリの返事は簡潔でした。 「なんで」 「なんでって…」 食べるだけでいいというヒバリに山本は苦笑します。 ヒバリは山本の言葉に興味などないようで、立てた膝に手にしている湯飲みを乗 せながらテレビを凝視している。健康番組の特番だ。 「どうせならハンバーグじゃなくてこういうのを作ればいい」 テレビから視線を逸らさずヒバリは言います。言われて山本がテレビを見ればち ょうどレシピを紹介しているところでした。 「これなら一緒に作るかー?」 「だからなんで僕も作らなきゃならないの」 ヒバリの煩わしげな目に山本はヒバリに欠片も料理をする気がないことを悟りま す。 まぁいいけどなと山本は心の中で呟きます。 ヒバリの視線は相変わらずテレビに注がれています。そんなヒバリを山本も変わ らず見つめていました。 そしてヒバリのことをもっとよく知るだけじゃ足りない自分を自覚します。 「なぁ、じゃあどっか行こうぜ。ヒバリ何処行きてぇ?」 「特にない」 「ホントか〜?どっかあるだろ」 「ない」 「………じゃあ明日一緒に買い物行こうぜ。スーパーまで、夕方」 「…なんで急にそんなことを言い出すの」 笑顔の山本にヒバリは訝しげな目を向けます。とても鋭く苛立っているように見 えなくもないヒバリにも山本は平然と応じます。そして一つ、真実を隠しました 。 「いいじゃん、何ごとも経験」 本当は一緒に何かしたいんだきっと。もっともっと同じもの見て同じことを感じ たい。なんてこと、山本は口に出しません。 一方ヒバリはまだ訝しげに山本を見ていました。そしてふいと目を逸らし言いま す。 「気が向いたらね」 ヒバリだって山本と暮らすようになって知ったことがあります。例えば山本に何 かしようと誘われた時、こういって置けば山本は笑うだとか。 今回も山本はヒバリの言葉に翌日に野球の試合でもあるかのように嬉しそうに笑 いました。 何がそんなにおかしいんだか。行くと言ったわけでもないのに。ヒバリは思いま すがやはりヒバリも口には出しません。 お互いに違う思いを抱えながら、ブラウン管の中、出来上がった料理を食べる人 達を眺めていたのでした。 |