日 沈む 月 昇る 空 落ちて 星 瞬く。 深く 深く 落ちる 感覚。 骸は少し離れた丘の上の公園の遊具で一番高いところで独り、空を見上げていた。辺りには他の子供はおろか、誰もいない。 この街でどこよりも空に近いこの場所でも、まだ空に届かない。それでも空に手を伸ばせば一層空は遠ざかった。 手を下ろして、今度は眼下の街を見下ろしてみる。 街灯が直線に並んで、それに沿うようにちらほらと明りが家から洩れて暖かい色をしている。 此所には街灯が一本ぽつんとあるだけで、辺りは目に見えて夜に侵されていく。 西の空は太陽がその存在を足掻きながら主張して赤く染まっているが、それすらももう闇に食いつぶされてしまいそうだ。こうしてまた夜がくる。 子供が独りで外にいる時間ではなくなってきたが、骸はこの場から離れない。 帰る家ならちゃんとある。此処からは見えないが、きっと今頃あの家からも灯が洩れていて、戸を開ければ「とっくに門限は過ぎてるぞ。もっと早く帰って来い」とか小言を言われるんだろうけれど笑って迎えてくれる。 けれど骸はまだ此処にいる。 もう空は闇に食われて月が透明な光を放ち周りの星をかき消していた。 骸は側にあった石を軽く蹴飛ばした。石は簡単に転がって、三回跳ねて、滑り台に乗ってしまい滑り落ちて骸の視界から消えた。 側にはまだ砂利がある。骸は滑り台に向けてそれらを蹴飛ばして、小さな高い音をたてて滑り台から砂利は落ちていく。 砂利がなくなると骸は時計を見てから砂利の滑った滑り台を滑り降りた。 帰るわけじゃない。 公園内にある噴水から繋がっている小川の淵に行って水面を覗きこむ。 自分の姿が映りこんだ。肌と目の色が歪んでいた。 水が流れていく音に心が安らぐ気がした。 流れに手を差し込めば色のなかった水は白く飛沫をあげた。水は骸の手で引き剥されてはまた出会い流れていく。 その様子を骸は無表情で眺めている。 水は冷たかった。少し手を引いて指先だけ水面につければ水は指の隙間さらさらと流れていく。絶え間なく流れていく。 少しも零さぬようどんなに丁寧に慎重に掌に掬っても、映した月は消えてしまって何も残らない。 わずか残った水も振り払って骸は水辺を離れてまた高い遊具に昇った。 転落防止の鉄棒に寄り掛かって手を見つめてみる。 何がいけないのだろう、この手が何も掴めないのは。何故だろう、この手に何も残らないのは。 いくら見つめても答えなど出ず、骸は手から目を離しまた空を見上げた。 相変わらず空には月が独りで輝いている。 「おい」 知っている声がして、骸は視線を下ろした。其処には知っているヒトがいた。自分の保護者代わりの世話係。 「とっくに門限は過ぎてるぞ。何こんなところで遊んでいる。早く降りて来い」 予想していたようなことを言われて、骸は笑った。 ランチアが先に背を向けて歩き出したので骸は弾けるように滑り台に向かっていきおいよく滑り降りた。 その勢いのまま小走りしてランチアに追いつく。 ランチアがこちらを見たので骸もランチアを見上げてランチアに笑いかけた。 骸が笑ったのでランチアも小さく笑い、骸に手を差し出した。 骸は少しきょとんとしてその手を見つめたが、嬉しそうに笑ってその手をとった。 先程の水遊びで骸の手は冷えきっていたけれど、ランチアは何も言わずその手を握り締めた。 ランチアの手の熱が骸の手にしみていく。闇が夕焼けを侵すようにじわじわとしみていく。 そのまま二人、手を繋いで帰った。街灯に照らされた家までの道を手を繋いだまま歩いた。 何も掴めない手が、何も繋げない手が、ランチアの手を繋いでいた。 真っ先に骸の目に入ってきたのは薄暗くぼろぼろな床。 先程までと空気が違い、一瞬此所が何処だかわからなくなったが、すぐに現状を思い出す。 ボンゴレ10代目を探して、日本に来ているのだった。 「――― ………」 なんだか意識がぼんやりして頭が重たい気がする。 俯いて額に手を押し当てれば名前を呼ばれた。 「骸様」 その声に顔をあげる。犬と千種が少し離れたところで骸を見ていた。 そうだ。今さっきも呼ばれて、それで起きたのだ。どうやらソファに座ったままうたた寝をしてしまっていたらしい。 「どうしました?」 「17位まで狩ってきましたが、全員ハズレでした」 「また明日16位から狩ってきま〜っす」 「そうですか。ご苦労様」 そう言って骸は目を二人から離したが、すぐに思うことがあって二人を呼び止めた。 「何れすか〜?」 「ちょっとこっちに来てください」 二人は不思議そうにしていたが、言われた通り骸の側までやってきた。 「手を、出してください」 「手〜?」 言われるがまま二人は手を出した。どう出せと言われなかったので掌を上に向けて真っ直ぐに突き出した。 骸はその手をじっと見つめて、犬の手に触れて、それから千種の手に触れた。 違う。この手じゃない。 「どうかしましたか?」 「いえ…、なんでもないです」 骸が手を離して二人から視線を離したので、二人はまた部屋を出て行こうとしたが、今度は犬がふと足を止めて骸を呼んだ。 「骸さ〜〜〜ん」 犬に名前を呼ばれ、骸は何かと思いながら犬に目をやった。 「寝るならちゃんと横になった方がいいれすよ〜」 予想外の言葉に、骸は思わず笑いを零して「そうですね」とだけ答えた。 二人が出て行くのを今度は見送ってから、ソファに足をあげて、言われた通り横になる。 特別眠たいわけでもなかったが額に腕を置いて瞼を閉じた。そして深く息を吐き出して、一呼吸置いてからまた目を開ける。 自分の手を見つめてみる。 夢の中で見つめた手より遥かに大きくて指も長い。 「――― ………」 まだ手に夢のなかでのぬくもりが残っている気がする。この手を握り締めていた手の感覚も。あの二人の手とは違う。別の手の感覚。 自分の手を握り締めて骸はまた目を閉じた。 瞼の裏、次々にフラッシュバックする景色。 日 沈み 星 瞬き 空 暗く 灯 灯り 彼 笑い 僕 笑い 手 繋ぐ。 夢見てたのは、何処まで? |