「おや、無駄話を始めてしまったようですね」
ツナとランチアの死闘を見ていた骸は、二人の会話を聞いて溜め息をついた。
「やれやれ…。千種、すみませんがアレを片付けてきてくれますか?」
骸の言葉に、千種は少し意外そうに―――それでも千種をよく理解していない人間には変わらないように見えたのだが―――骸を見た。
「いいんですか?」
骸がランチアを特別視しているのはわかっていた。
特別だからこそ自分の影武者にまで仕立てあげたのだし。
骸を見た千種は一瞬背筋が凍るのを感じた。
「えぇ。あそこにあるのはもう僕の人形じゃない」
骸はじっと窓の外を見ていた。その視線はランチアを捕らえていたが、そこにはなんの感情もなかった。ひとカケラの感情も。
「糸の切れた人形なんて、ただのガラクタでしょう?」
骸が千種を見て笑いかけてきたので、千種は我に返り、骸の命令に従うため部屋を後にした。
千種が出ていった部屋で独りきりになって、骸はまたランチアを見た。
糸の切れたお人形。繋いで直せぬお人形。今はもう、骸にとってただのガラクタになったお人形。
「まぁだいぶ使ってきましたからね。そろそろ潮時だったのかもしれません」
独り言を呟きながら、骸はランチアを見つめ続ける。
彼の目。怒りと憎しみに満ちたあの目を見るのは久しぶりだ。
操られていることに気付いた彼が見せた目だ。だが気付いたところで何にもできないと知った彼は絶望しかその目に宿さなくなった。自分だけの人形になったのだ。
「僕が欲しかったのは使える人形で」
骸の視線の先、ランチアが倒れた。千種はうまくやったようだ。
「ガラクタの貴方はいらないんです」
ふと、昔のことを思い出した。



人形を見つけたのだ。薄汚れて道端に落ちていた人形を。
骸はそれを拾いあげて汚れを払うとじっと見つめた。
『どうした?』
背中からかけられた声に振り返るとランチアはもうすぐ側に来ていて、骸の持っている人形を見た。
骸はランチアを見上げ見つめた。
ランチアはその視線を受け止めて骸を見つめかえしていたが、ふいと目を逸らすとポンッと骸の頭に手を乗せた。
『気に入ったなら、持って帰ればいいだろ』
そう言ってランチアは歩き出したので、骸はその後を小走りで追った。
手には人形を抱えたまま。



特別欲しかったわけではない。
けれど持って帰ってきた。
ランチアが洗って綺麗にしてくれたそれを、骸は棚に置いておいたけど、別にその人形が欲しかったわけじゃなかった。
ただ必要とされなくなったその人形を、一度拾ったガラクタを、何故だかまた捨てられなかった。



ランチアの瞳が閉じた。
骸はまだランチアを見つめていた。
ふと投げ出されている手に目がいった。
自分の頭を撫でてくれた手。
自分の手を引いてくれた手。
最後に頭を撫でられたのは、
最後にあの手に触れたのは、
何時のことだったろう。もう、思い出せなかった。
「………」
骸は一度目を閉じて、またランチアを見つめた。



「Grazie di cuore。Mi dispiace…ArrivederLa」
(ありがとう、ごめんなさい…さようなら)


呟くと骸はもうランチアから目を離し、窓際から離れた。そして、二度と振り向かなかった。



最初で最後の、“ランチア”への言葉。
届かなくても、構わなかった。