満月の夜だった。星の光は月明りの前にかき消され、夜空には真ん丸い月がぽつんと浮かぶ。
どこの部屋の明かりもついていない広い家にいるのは二人。
けれど、室内に響く声はひとつだった。



「ねぇ、僕のことが憎らしいですか」
「………」
骸は微笑みながらランチアに問い掛けた。
その色違いの目に映るランチアは、俯いて自身の掌をじっと見つめているが、彼は何も認識していない。ただ一処に視線を落ち着かせているに過ぎなかった。
「僕のこと嫌いになりました?」
「………」
ランチアからはなんの反応もない。
それでも骸は問い掛け続ける。
楽しそうに、愉快そうに、微笑みながら。
「僕のこと殺したい?」
「………」
やはりランチアからはなんの反応もない。
それでも骸は笑っていた。
「クフフ。でも悪いのは僕じゃありませんよ」
「………」
「そもそも、僕の目なんかを気に入って、拾って来たボスがお馬鹿さんだったんです」
「………」
「一方的に家族ごっこ押しつけて、油断してた方が悪いんです」
「………」
「だから僕は悪くない。悪くないんです」
「………」
「そう思いませんか」
「………」
それでもランチアからはなんの反応もなかった。
「………」
「………」
骸は笑みを消してランチアを見つめた。
骸の声だけが響いていた部屋は骸が黙り込んだ途端に静寂に満ちた。
「…だんまりですか。つまらないですね」
「………」
「昔はあんなに可愛がってくれたのに」
「………」
ランチアはなんの反応も返さない。
「………」
「………」
骸はまたしばらく黙り込んでランチアを見つめた。やがつおもむろに腰掛けていた椅子から立ち上がると、ランチアの傍らにしゃがみ込んでじっと、ランチアを見つめる。
ランチアの芒洋とした瞳を覗き込む。
そっと伸ばした指先で、ランチアの輪郭をなぞった。
それでもランチアはなんの反応も返さない。
「………」
「………」
骸の唇が言葉を紡ぐ。

「ねぇ、僕のこと嫌いになっちゃいました?」

―――返事はなかった。
骸は指先をランチアから離すと立ち上がり、部屋を後にした。
部屋にはランチアだけが残された。
「…憎いさ」
ぽつりと、違う声が響く。
「ガキが…。嫌いだ。ぶっ殺したい…」
吐き出される言葉は淡々と、憎悪と殺意だけを織り交ぜて紡がれていく。
「…おまえなんて、いなければよかったんだ…」
ランチア以外、誰も聞くことのない言葉だった。



骸は別室の窓を開けて月を眺めていた。
ランチアはだんまりを貫いてちっとも楽しくない。つまらない人形。
一人きりの人形遊びもいい加減厭きてきた。
骸はどこを見るでもなく視線を下げた。
先程まで遊んでいた大きい生きた人形を思い出す。
あれは何を思っているのだろうか。
幸せだった過去ばかり思っているのだろうか。
それをぶち壊した自分を憎んでばかりいるのだろうか。
彼にも言ったが、あの惨劇は自分のせいなんかじゃない。
くだらない好奇心で、自分を拾って来たお人好しな馬鹿な男が悪いんだ。
(僕がこんななのだって、僕のせいなんかじゃない)
骸は窓を閉めると月に背を向けベッドに横たわった。
ごろりと寝そべって、息をつく。
つまらない、つまらない、つまらない。
唯一残した彼は変わってしまったし。
つまらない、つまらない、つまらない。
「僕のせいじゃないのに…」
ぽつりと呟いて、目を閉じた。



ねぇ誰か言って。僕は悪くない。